ENo.0683　オスカー・ヘンズレイ

Another day one～ある回想


　救国の英雄？稀代のエースパイロット？画面にデカデカと羅列されるプロパガンダに
半目になりながら記事を読み飛ばし、さわやかな営業スマイルが映る画像のところでタブレットを放り投げた。
アホくさい……そう思っていた英雄サマに拝謁する栄誉を賜ったのは第三十二次侵攻戦の時だったろうか。

　切り立った崖が不規則に並ぶ地形は死角も多くトラップや潜伏兵力も多い。
そこを俺達傭兵ギア隊がお掃除して……というのが作戦の骨子だったが、それを完全に相手に読まれていた。
これ見よがしに設置されていたトラップに気をとられている間に正規兵のギア隊が急襲され
救援に向かえとの無茶振りをされて陣形が乱れたところに追撃という二段構えのおもてなしで
戦術もクソもあったもんじゃないどこから見てもケチのつけどころしかない乱戦に成り果てた。

　入り組んだ地形のせいで隊列が間延びしていたことも災いし、援軍が到着するまでの間に
次々と各個撃破される危険な状況の中、ついに背後をとられた俺を助けたのが“ヤツ”だった。


　弾薬の尽きた機銃を棍棒よろしく振り回し、膝部関節にもっともダメージがいく横からの蹴りで
姿勢が崩れたところで頭部を掴んで投げ飛ばす……おいおい、荒くれ者と自称する傭兵の俺らでも
あそこまで荒い格闘戦をやったことはないぞと一瞬呆れていたら、ヤツに腕を掴まれ引き倒された
すぐ上を砲弾が掠めていった。


「無事でよかった。ああ、良かったら予備のマガジンを分けてくれないか？」

　掴まれた腕部からの接触通信から聞こえたのは、テーブルにある塩を取ってくれと言ってるような気楽さを含んだ声だった。

「……生憎こっちも弾切れだ。それよりもそこで伸びてる敵さんの銃奪った方がよくね？」

「残念ながら向こうの機銃は最近認証システムが導入されてね。奪ったところで……おっと、右に跳ぶぞ」


　跳んだ先が、さっき俺のすぐ上の掠めた砲弾が穴を開けてくれたおかげでちょうどいい隠れ場所になっていたので
動力を待機状態にまで絞ってやり過ごし、援軍が到着するのを待つことにした。
あのクソのような乱戦は散開してひと段落というところだろう。どちらの援軍が到着するにしても
あと３０分程度はかかるか……と、機体の損傷具合をチェックしていたところで搭乗口をコンコンとノックする音が聞こえた。

　モニターに目をやるとそこには、ドリンクを片手に爽やかな笑顔の青年が……って、何だこれは。

「次に何か動きがあるとしたら３０分後くらいだろう。それまでに休憩を入れるのも立派な任務だと思うよ」

　ハッチを開いてやると、ヤツは俺に向かって携帯飲料を差し出しながら微笑みやがった。
そういうのはファンの女にでもサービスしてろと言ってやろうかと思ったが、
俺の読みと一致していたので黙って受け取ることにした。

「あの状況で仲間が逃げる隙を作るために囮役をかって出てくれたのは君だろう？おかげで半数は離脱できたよ」

「……まぁ、これも俺の仕事だからな。それより一緒になってアンタまで殿をやる必要はなかったんじゃねぇか？」

「これも、“俺の仕事”だから……かな？」

「ふっ、英雄なんて看板背負ってるアンタも色々とあるんだな。俺はオスカー」

「バートだ」



　握手を交わしたヤツの手は、戦闘の余韻を含んで熱かった。