ENo.0029　猫目 黄金

件名：お出かけ！
From 黄金 
To 琥珀

ハロー兄貴、そちらは元気？
って、書いたとしても通信できないから意味なんてないんだけど。

今日はね、腕無しさんと一緒にちょっと残像領域の戦闘領域がら離れた場所に遊びにきてるんだ。このメールも車の中で書いてる。いつも任務ばっかりだと気が滅入るだろうって、腕無しさんに気を使わせちゃったみたい。
でも珍しいよね、腕無しさんは確かに優しいけれど、どこかに遊びに行こうって言うのはいつも僕からだったから、ちょっとビックリ。もちろん嬉しいけれど。

ハイドラの方には僕の今までの戦闘データを参照して作った自動操縦システムを入れてるから、今回は本当に休暇だよ。これも腕無しさんが作ってくれたんだ。メカニックの腕もかなりのモノだよ。

帰ってきたら、このドラフトホルダーに溜めたメールを一斉に送るつもり。
楽しみにしててね、兄貴。

---2017.10.6---



件名：なし
From 黄金 
To 琥珀

このメールだけが、僕と故郷を繋ぐ線だったのに。
寂しい、怖い、不安だよ、この気持ちを兄貴に話したい。
暢気なことを書いていた一週間前に自分を呪いたいよ。

今、僕は戦闘領域から遠く離れた場所にいる。ここは何もないよ。家もない、人もいない……遊びになんてきてないさ。逃げてきたんだ、僕は腕無しさんと一緒に。

僕らは……いや僕は、何かに狙われてるんだって。

初めはまだ、文化のある田舎町みたいなところで住んでたから良かった。けれど、5日目くらいかな……宿が燃やされたんだ。怖かった。一人きりだったら、それだけで発狂してたと思う。
そして僕らは良くわからない人達に追われたんだ。黒いマントを着て、ペストマスクっていうのかな、鳥みたいな仮面を被った怪しいやつら。僕はただ隠れて、逃げて、腕無しさんが、でっかい義手でペストマスクをギタギタに引き裂くのを、見てることしかできなかった。
僕を守るために戦ってくれたのに、血だらけの腕無しさんが、怖かった……

僕らはまだ逃げ続けてる……いつまで続くかわからない。どうして追われてるのか、その理由がわかるまでは。
帰りたいよ。

---2017.10.13---



件名：なし
From 黄金 
To 腕無し

ごめんなさい、ごめんなさい。腕無しさん、ごめんなさい。
僕は悪い子です。

僕をここまで守ってくれたのに、自暴自棄になって喧嘩までして、それでもたくさん甘えさせてくれて、慰めてくれて、愛してるといってくれたのに。

僕は行きます。

だって、あいつらが狙ってるのは僕なんだもの。ハイドラを操れる僕じゃないとダメなんだ。実験は、僕じゃないとできない。僕が捕まれば、腕無しさんは帰れる。
傷だらけで、大きな両方の義手もボロボロ。もう傷を治すものも修理する物資も尽きた。

死んでほしくないから、僕を大切にしてくれた人を、僕も大切にしたいから。

じゃあね、腕無しさん……金子琥珀さん。

---2017.10.19---



　◇◇◇



件名：黄金を取り戻す
From 腕無し
To 琥珀

一斉送信のメールは見たか？これが一ヶ月、俺らが音信不通だった理由だ。

最初の3つは黄金の書いたもの。そしてこのメールは俺、金子琥珀が書いている。アイツが拉致されて3日が経った。今日、俺はアイツを取り戻す。
準備は整った。傷も癒えた。両腕は格闘モードへ完全移行した。そして、フロート式高機動戦闘機Hazards-1/Custom、通称『波山』。コイツを用意した。ハイドラこそ最強だと心酔してる医者どもを地獄の底に突き落としてやる。

波山を持ってく時、黒曜叔父さんに言われたよ。また人殺しに使うのかってね。その通りさ。皆殺しだ。誰一人だって生かしゃしねぇ。
だが、今日は違う。これは本当に俺がしたかったことだ。黄金を救う。そのために、たった一人を救うために何百、何千と殺すことになろうとも、俺は黄金を取る。

これは遺書じゃねぇ。覚悟だ。絶対に猫目黄金を生きたまま返してやる。

---2017.10.23---



　◇◇◇



件名：成功した
From 腕無し
To 琥珀

黄金の奪還に成功した。だが、状態は良くない。
薬液のプールに漬け込まれて身体から大量のチューブを生やした姿を見たときは頭が真っ白になっちまうところだったよ。お陰でその場にいた研究員全員頭をフッ飛ばしちまうところだった。一人だけ生かして指の骨を手から一つずつ摘み出してやったら親切に黄金を返してくれたよ。

奴らは医療団体と自称していた。
大量の研究データは全てデータ化して回収し、人も施設も消した。跡形も無く、な。
今は信用のある白猫の医者に見てもらっている。きっと大丈夫、そう信じるしかない。

……ばれちまったな、俺の正体も。

---2017.10.27---



　◇◇◇



件名：メルククラリス
From 腕無し
To 琥珀

あれから3週間が経った。黄金は目覚めない。もうすぐ一ヶ月になっちまう。

あの医療団体から強奪したデータの解析がかなり進んだ。今は黄金を診てくれている医者に資料を見せて原因究明を急いでもらってる。これで黄金も起きてくれるだろう。

黄金が動けない間にもかなり戦況が変化したらしい。メフィルクライアの陰謀で外は酷い吹雪だ、まったく嫌になる。だが、あの女の発言からヒントを得られたのも事実だ。

「本来ならば君たちにアンビエント・ユニット『メルククラリス』を与えるはずだった。それによって、ミストエンジンを臨界させてプラズマエンジンに昇華。残像領域の霧を全てプラズマに相転移させる手はずだった」

メルククラリス、名前の由来は……抗生物質薬、だろうな。トンだネーミングセンスだよ。
固体、液体、気体……そして気体を更に分解し高エネルギー化した第四の状態であるプラズマ。なるほど、ミストエンジンに過負荷（オーバーロード）をかければ確かに可能かもしれない。

技術者ってのは本当に救えねぇよな。そうやって、出来るってことがわかると研究せずにはいられないのさ。そしてその研究の実験体として……黄金が選ばれた。ハイドラライダーではなかった医療団体どもには都合の良いドライバーが必要だったのさ。操り易いように黄金の身体を弄んでな。
そう、やつらはメルククラリスの研究員だったのさ。メフィルクライアが実験をやらせたのか、それとも技術をメフィルクライアから盗んだのか……まぁ今となっちゃどっちでもいいが。ランページ・ユニットの水粒をコントロールする技術を利用して研究を続けていたみたいだが、完成前に俺がぶっ壊しちまった。

さて、俺はこの盗んだ技術でちょっくら喧嘩を吹っかけることにするぜ。
メフィルクライア、メルククラリスを研究していたであろう女……八つ当たりついでに潰すのには丁度良い相手だ。

---2017.11.17---

残像領域に幾つも存在するジャンクヤードのうちの1つ。