ENo.0316　リビー・ニエロ

　
リオとの打ち合わせが一段落ついたガレージ。
安っぽい椅子の背もたれに寄りかかったリビーは、そのまましばらく天井を眺めていた。
いつもと変わらないガレージだ。黒金乱眼を照らすための照明が霧の向こうでぼうっと滲んでいる。寒い。行儀悪く体を揺らすと、ギシリギシリと椅子が鳴った。珍しく煙草を咥えていない薄い唇がふっと開く。

「黒金乱眼の挙動の、意味がわかった」
「……本当か！？」

唐突なリビーの言葉に、リオが勢い良く身を乗り出した。
よほど気にしていたのだろう、心配そうにこちらをうかがう顔は真剣だ。
リオの表情を見たリビーはおもむろに体を起こして向き直る。これは相当心配をかけていたな、と内心苦く笑った。

「予想通り、現場の……いま参加している戦場とは、関わりのない挙動だった」

改めて口を開くと、リオも座り直し、じっとこちらを見つめてくる。

「前に『調査計器のロード通知かもしれない』って話をしただろ？」
「ああ」

あれも打ち合わせのあとだったな、と思い出しながら言うと、リオが頷く。
あの時、黒金乱眼がウォーハイドラとしてではない調査機器類を複数積んでいることを改めて考えたのだ。下ろすことができない箇所だからそのまま積みっぱなしで、ウォーハイドラとして動いている間は休眠させているはずの精密機器。——そして、その中でも一番の機密を積んでいる箇所のことも。

「あの後、そこにも注意して調べた。けど、どう見てもおかしなところはない。ただ、アクティビディモニタのグラフ類を総ざらいした時、気になるデータがひとつあった」

おかしなところはないと聞いてひとまず安心したのだろう。リオの表情が少し柔らかくなる。しかし続く言葉を聞いて、不思議そうに首をかしげた。

「……何があった？」

リビーが、テーブルの上の端末をちらりと見やる。今は暗い画面。そこに浮かんでいたデータを思い出すように。

「普通ほぼ一定値にしかならないはずのプロセスが、微振幅していた。……通常は内部データログを見ることのできないプロセス……黒金乱眼の基幹システム、俗に言う『ブラックボックス』だ」
「『ブラックボックス』って……あなたにも確認できない部位が存在しているのか？」

紫色のカメラアイが見開かれる。リビーの黒金乱眼に対する執着を知っているからこその驚きだろう。リオの言うように、黒金乱眼に関して物体構造面でも情報やシステム面でもリビー以上に熟知しているものは少ない。確認できない部分というか……と、リビーが口元をへの字にし、軽く唸る。

「……特殊なライセンスがない限り見られない、といった方が正しい。……俺は、まあ、正規整備兵以外では最大限、見ることができる」
「ああ、そういうことか……でも僅かとはいえ、メインシステムの裏で普段と違う挙動をしているのは妙だな」

納得した面持ちのリオに、ちらりと笑って見せてから、リビーが小さく息を吐いた。ここからが本題だ。

「微弱なのはマスクデータだからで、ログの雰囲気からいって、この反応は索敵や偵察通信に非常に近い挙動だ。それも、ウォーハイドラとしての挙動というより、高機動騎兵艦としての挙動だ」
「……偵察通信？」

リオが不可思議に感じるのも道理だ。ここ最近の黒金乱眼は積極的な索敵や領域把握のための通信は行っていない。レーダーを積む余裕がなかった。怪訝そうにつぶやくリオに、リビーは頷く。

「だが、さっき言ったように『現在の戦場に関わる挙動ではない』」

そこまで言って、ふと、煙草が欲しい、と思った。
ここは寒くて、ため息も、吐息も、飲み込み損ねた言葉も、そこに潜めた震えも、緊張も、嘯きさえも、ごまかせない。全てが白く、露わになる。

「振幅を記録したグラフと、黒金乱眼の機動ログを付き合わせた。……振幅が最大値を記録していたのは、高高度に達した時だった。飛行ユニット複数積みで、機体が最高高度に達した瞬間に、最大振幅を記録している」

黒金乱眼が、元来の高機動騎兵艦として、現在の戦場に関わる挙動ではない挙動を行っている。何度も何度も。それが意味するところ。
リオが、ハッと顔を上げた。
リビーの眼差しが、ガレージの中央にひっそりと佇む愛機へ向けられている。

「世界を覆う霧から一番遠ざかるその瞬間、黒金乱眼は、この世界の全てへ……そして、この世界『ではない』どこかへ、通信を試みている」
「……リビー、それって……」
「黒金乱眼は、艦隊を、……あの人を、探している」

リオが息を飲み、紫色がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた。

「『ブラックボックス」を覗いたことで、もう一つ、収穫があった。あの緑のランプだ。……黒金乱眼は内部モードが切り替わっている。最大優先事項が、替わっている」

リビーの青い目はまじろぎもせず、黒金乱眼を見詰めたまま、小さく動く唇がだけぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
静かに沈黙を守る鈍色の機体を見詰め、驚愕を飲み込み損ねたような、ぎこちない様子で。

「こいつは、黒金乱眼は、……俺のために、あの人を探している」



黒金乱眼は、リビー・ニエロのために、ユージン・Ｓ・ルスキニアを、探している。


　

　
リビーが『黒金乱眼』を置いている格納ガレージ。
薄暗いガレージの隅には古いマットレスと毛布、多少の荷物が無造作に転がっており、ここで寝起きしているようだ。
　
　
ガレージの中央に鎮座するのは『黒金乱眼』。
機体が置いてある部分はきちんと照明や整備機器、および簡易のテーブルと椅子があるが、それ以外はがらんとしていて薄暗い。
　
　
　
【ユニオン基本】
・格闘上げ＋ロールプレイ舞台。
　情景描写のお供にどうぞ。
　
・参加希望の場合はENo.316までメッセージをいただければ次回更新時に随時許可宣言予定。
　（メッセージ内の最後に【希望】と入れてくださると分かりやすくて助かります）
　未参加のまま、情景を利用したメッセージのみのやりとりも可。
　
【ユニオン活動】
・格闘
　
【ユニオン購入】
・機動力+3%
・経験値+1