ENo.0160　ルーゼンエッタ

　ミストエンジンが動く。
　モニターに明かりが灯り、膨大な量のグリーンに発光するシステムログがモニターに映って通り過ぎていく。
　それらの意味を、ルーゼンエッタは知らない。
　ただ、この機体は自分しか動かせない。
　自分も、この機体しか動かすつもりはない。
　それは紛れもない幸運だ。
　絶望と失意の先にあった、光と言うにはあまりに歪なそれ。
　レバーを握る。
　操縦設定は常にセミオートマチック。
　マニュアルで動かせるほど、自分はハイドラには慣れていない。だけれどシステムに全てを任せてしまうのは申し訳ない。
　それに、いつもみたいに一緒にいる気がして気分がいい。
　だから、これから戦場へと向かうのに心は晴れやかだ。
　恐怖はない。
　高揚感はある。
　この子と一緒にいられる幸福感！
　システムログが止まる。
　メインモニターに映し出される「ALL　GREEN」の文字。
　それを上書きするようにポップアップされるエラーメッセージ。

　【ERROR　MESSAGE：I will not betray you.】

　――私は貴女を裏切らない。

「“ロン”」
　マリア＝ローザという機体――正確にはそれを動かすHCSの名前だ――ルーゼンエッタはそう呼んだ。
　モニターに向かって微笑みかける。
　まるでそこに大切な人がいるかのように。
　今から戦場に向かうとは思えないほど、穏やかな顔で。
「私もよ。私も貴女を裏切らない」
　誓うように、祈るように。
　そう口にして、レバーを引く。ミストエンジンがうねりを上げて、霧を吐き出す音がする。
　多くのハイドラライダーがそうであるように、ルーゼンエッタもその仕組を知らない。
　だがハイドラライダーはハイドラを駆り、霧の中を駆け抜ける。
　互いが互いを必要としている。
　少なくとも、ルーゼンエッタとマリア＝ローザ（あるいは“ロン”）はそうだった。
　お互いが唯一無二、運命共同体。
「行きましょう！」
　エンジンの唸りが大きくなる。
　まるで歓喜するかのように、そのハイドラは格納庫から飛び出した。








02/ERROR　MESSAGE