ENo.0206　モニカ・フランクリン

「……ふ、うっ」

　やっとひととおりの買い出しが済んだ。いい加減重い荷物を降ろせてベッドに寝っ転がって、あ、コート脱がなきゃって思い出すんだけど面倒でそのままごろんと一回転。
　まだ全く整わない部屋にまだまだ全然見慣れない天井に、寂しさとか心細さとか覚えないわけじゃないけど、でも多分解放感の方が強い。
　一人は寂しい悲しくて辛くて、どうしても恋しいけど、でもやっぱり今は解放感の方が強い。

「あっ牛乳」

　さすがにちょっと常温放置はまずい。っていうか野菜とかも冷蔵庫入れないと。
　渋々とベッドから降りて置きっぱなしのビニール袋取り上げて、ってあっやばいなんでこんなとこに段ボール、あっ、いた、痛っ！

■

　私の家族はずっとお兄ちゃん一人だったけど、残念ながら私達には義父がいた。
　血の繋がらない義父だ。お母さんの再婚相手。だったらしい。お母さんの顔もあんまり覚えてないから、お兄ちゃんとあいつがそう言って、そうなんだ、と思ってた。それくらいの認識。
　だってろくな男じゃなかったから。昼間から酒に浸って、気に食わないことがあったら怒鳴り散らして殴って、うん今思い返しても全然やっぱりダメ人間にも程があるし信じられない。なんで生きてたんだろうってレベル。
　お兄ちゃんは私のこと庇ってくれたけど、お兄ちゃんが外に仕事に出ている間はどうしようもなかったし、結局お兄ちゃんも殴られたりとかして、だから本当に嫌な奴だった。嫌いだった。やっぱりお兄ちゃんについていけばよかったって何度も思った。
　お兄ちゃんも、いつか迎えに来てくれるって言ってたから、ずっと待ってたから、会えなくなるなんて思ってもみなかった。
　思いたくなかったという方が正しいのは分かってるけど、分かってもなんの意味もないし。

　お兄ちゃんは家を出てからもずっと私達に仕送りをしてくれてたけど、それも全部あいつが使い切ってしまったし、そもそも仕送りが止まったことだってお金が底を尽きてから知らされたことだった。私には通帳なんて渡されなかったし見せても貰えなかったし。
　自由になるお金なんかはほとんどなくて、だから私は私でお金を稼がなきゃならなかったけど、できることなんて大してなかったから、結局ちょっとした機械いじりとかで小銭もらうのが関の山って感じで。
　でも割と機械いじるの得意だったのは本当だし、ジャンク街のみんなには頼りにされてたと思う。そりゃあ車とかバイクとかはちょっと怖いっていうか、人の命が関わるものだからあんまり手を出さなかったけど、単純な故障ならなんとかしたこともあるけど、基本的にはラジカセとか冷蔵庫とかヒーターとかが一番多かったかなぁ。
　冷蔵庫は大事。壊れると困るものナンバーワンって感じで。ヒーターも死んじゃうけど、死んじゃうから困るけど、毛布とか着込んだりとかである程度なんとかなるものだったし。

　とにかくだから、ウォーハイドラのパーツなんかもいざ見てみると思ったより結構扱いやすいっていうかそんなに怖がる必要もなかったのかなって思った。
　だいたいは牙のおじいさんに手ほどきを受けてなんとなく分かってきたって感じだから、おじいさんには感謝してもしきれない。こうして部屋を借りられたのもおじいさんが仲介になってお金とか融通してもらえたからだ。ひと仕事終わるまでは返さなくていいって言われたけど、そんなに甘えていいのかな。思ったよりお金、溜まってるから、今すぐにでも返せるとは思うんだけど。何が起こるかわからないからって言われたらその通りだけど。

　結構、思ったより、戦いとかは、うまくいってた。気がする。怖いこともあったけど、この前の戦場は運が良かったのか一回も狙われなかった。もしかしたらキリトさんが色々助けに入ってくれたおかげかもしれない。

「……そのせいかなぁ」

　一通りの品を冷蔵庫に入れてしまってから、うーん、思い当たって首をひねった。力いっぱい床に打ち付けた胸が痛い。ちゃんと足元は整理しなきゃダメだなー。カラーボックスとか買ったほうがいいのかな。でも寮だし、仕事が終わったら出なきゃいけないし、と思うと段ボール置いといた方が色々と楽な気もする。結局そんなに荷物もないんだし。増えたら楽しいだろうか。もう壊す人もいないし。
　っていうかそういう話じゃなくて、そう、キリトさんだ。キリトさん。
　この前の戦いの時。色々と戦ってる最中もアドバイスとかくれて援護とかくれたけど、そのおかげで私は狙われなかったんだと思うけど、キリトさんはすごく攻撃食らってちょっと大変そうだった。戦い終わる前に動かなくなってたし。
　入院とかしてるんだっけ。どうだっけ。

「考えてても仕方ないか」

　案ずるより産むが易し。
　そういう言葉があることくらいは知ってる。実際に本人に訊いてしまえばいいのだ。連絡先はこの前もらった。電話よりは多分メールの方が楽だしいいだろう。
　キリトさん大丈夫ですか、お見舞いとか行きましょうか、果物とかゼリーとか持っていきますよよければ、どうでしょう、返信ください。
　とりあえずこんなものかと送ってみる。あの人好きな食べ物とかあるんだろうか。お兄ちゃんからはちょいちょいお話を聞くこともあった気がするけど、あんまり覚えてない。結局私にとっては縁遠い人だったし。
　それが今こんなことになってるのは不思議なことだ。あの渋面を思い出す。お兄ちゃんよりずっと、戦うということをちゃんと知ってる人なんだろう。
　人を殺すということも、知って、戦い続けてるんだろう。

「あ、返信」

　思ったより早かった。連絡マメな人なのかなーと思って端末を見ると、

《全部不要。待機維持》

　シンプルイズベストか。
　別にいいけど。了解、とだけ返して端末を切る。
　やっぱ男の人ってあんまりお見舞いとか嬉しくないのかなー。私もそんな嬉しくないけど。でもお世話になるんだし義理ってものが一応さぁ。
　まあ要らないっていうから行かないけど。深入りよくない。多分そういうことかもしれない。知らないけど。