ENo.0044　ロウシャ・ゼイルストゥラ

　狙って休暇をとらずとも、当然非番の日というものは存在する。

　普段はそういった様子を見せないとはいえ、十二分に重病人であるロウシャは、他のハイドラライダーよりも殊更厳密に出撃できる日数が定められていた。それ以上は命にかかわるからという名目だが、より正確に言うならば『出撃できる方が奇跡』といったところなのだろう。
　

　“ 不整脈が出てるから明日のリハビリは中止にしておこう ”
　“ 散歩くらいなら構わないけど、極力安静にしててね ”

　非番の前日、検診で主治医からそう言われたロウシャは、朝から粛々と言いつけを守っていた。

　……が、彼は元々インドア派ではない。
　当然すぐに退屈して、午後になる頃には部屋の中を当てもなくうろうろし始めていた。


　手持無沙汰を拗らせた彼は、まず始めに玄関近くに積まれた段ボールをどうにかしようとした。ハイドラパーツを扱うのとはまた違ったマーケットで購入してきた、書籍類の詰まった箱だ。
　それを部屋の隅、本棚のそばまで持つなり押すなりして移動させようとしたあたりで、『これが散歩の運動量で収まるものなのか』ということを考え始めてしまったのである。
　命を削って愛機に乗るのであればまだしも、下手な運動で、それも部屋の中で寿命を縮めるのは本意ではない。結局ロウシャはその日のうちに段ボールに関わるのをやめた。……ここまでに、荷物を小分けにして運ぶという発想は出てこなかった。


　当然、ここで突然退屈がなくなるわけはない。結局することのなかった彼は、一番無難な選択をした。

　部屋の片づけだ。

　体の不自由な男が一人、傭兵稼業の合間に暮らしているような部屋である。意識して片づけなければある程度は散らかるものだ。この部屋に越してきて約一か月、検査や手続きに追われてすっぽかしていたせいで、想定よりもやや速いペースで散らかっていることは否めない。

　あちらこちらに『部分的に拭いた跡』が残っている床を全体的に、且つ大雑把に拭きとる。拭いた跡がどのような形をしていようが、本人は気にしない。埃が積もっていない、もしくは汚れていないとみられる状態であればそれでいいのだ。
　次に机の上を片付ける。使い切った薬のヒートシートをゴミ袋に放り込んでいく。用の済んだメモもぐしゃぐしゃに丸めて捨てた。机の上に関しては、それだけでかなり見られる姿になった。あとはこれまた適当に拭いて、筆記具を並べれば完了である。

　次に手をつけたのは、一番最初に目的としていた本棚だ。……といっても、こちらは埃を掃えばおしまいといった程度には整頓されている。多少入り繰りのあった順番を整えるうちに、実家から持ち出した本が目についた。

　それは、ロウシャの妹が昔よく読んでいた本であった。高地に住む羊飼い達の歴史とその伝承について記されたものである。子どもの教育のために書かれたものなのか、その文体は内容に比べれば易しい。
　擦れて傷のついた革の表紙をなぞるうちに、頁の間にメモのようなものが挟まっていることに気が付いた。

　- - -

　ロウシャ兄さんへ


　・ちゃんと毎日薬を飲むこと
　・面倒臭がらないで家事をちゃんとすること
　・料理を作るときは分量を し っ か り 守ること（下手に味見をしない！）　
　・無理をしないこと
　・それから、これはいつでもいいので、無事で帰ってくること

　このぐらいは守ること！
　兄さんがいない間は、杖と弓の手入れは私が代わりにやります。

　それから、このことは父さんや母さんには内緒にしておきます。
　だって私が怒られるの嫌だもの！戻ってきたら自分で謝ってください。

　以上！

　兄さんの元気な顔がまた見れますように

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　リトリ

　- - -


　「……だからお前のこと苦手なんだよ」

　メモが間違いなく妹からのものであることを確認すると、ロウシャは大きな溜息と共に、それをライセンスケースの中にしまった。



　- vital signs -

T : 35.9
P : 80
R : 16
BP : 89 / 57

　血圧のせいか頭痛がする。薬に頼るほどじゃない。

何らかの理由によりハイドラに縛りつけられたライダーが集まる。掃き溜めとも言う。
　
一部メンバーの素行不良により世間からの評判は芳しくない。

音楽専念。