ENo.0261　Solitus

あの日、ソーナの手を引いたことに、カナエは一切の後悔をしていない。
たとえ、それが原因で平穏で穏やかとはいえない、逃げ回る日々を過ごすことになったとしても。
カナエはあの日の選択を、間違ったとは思っていない。

カナエには母がいた。
強くて優しくて凛としていて、スラムという廃れた場所には似合わない人だった。
父親の手によってとある場所から連れ出されたという母は変に物を知らないところもあったけれど、カナエにとって大好きで自慢の母だった。
けれどカナエが幼い頃に流行病で命を落としてしまい――ああ、あの日の絶望感は今でもはっきり思い出すことができる。
たった一人きりになったカナエは、とにかく必死で生きた。
スリだろうがなんだろうが、なんだってやったしギャンブルをふっかけたときもあった。
ただひたすらに、その日を生きるために行動をし続けたときの経験は、カナエの身体に染みついており、長い時間が経った今でもカナエを助けてくれるときがある。
その日々の途中で霧の眼のリーダーに拾われ、霧の眼の一員になって――ちょうどその頃の時期に、カナエはソーナを見た。

機械塔の窓から、たった一人、外を眺めている少女。
彼女を連れ出そうと決めたのは、一瞬だった。

「……ん……」

伏せていた目をゆっくりと開き、カナエは大きく欠伸をした。
どうやらソリトゥスに乗り込んだ状態のまま、眠ってしまっていたらしい。
なんだか懐かしい夢を見ていたような気もするけど、どんな内容の夢だったかはよく覚えていなかった。
目をこすり、隣で同じように眠りこけているソーナへちらりと視線を向ける。
身体を丸めて幼い寝顔をさらし、小さく寝息をたてている彼女の様子にカナエはほんの少しだけ笑みを浮かべた。

「……さあて、今日も頑張らないとね」

手を伸ばし、いくつかの機体へ向けて簡単な通信を発信してから、カナエはソリトゥスを軽く撫でた。
彼の思いに答えるように、無機質な獣がディスプレイを点滅させた。