ENo.0048　Ｌ＝Ｆ

「…経過は良好。
　先月まで見られていたグリッドヴィジョン焼き付きの後遺症の跡も、ほぼ解消されている。
　費用はかさんだが、思い切った手術を施した甲斐はあったようだな」

「サンキュー、ドクター。
　ずっと気になっていた頭の中の冷え切った感覚も、薬なしで耐えられるようになったよ。
　あんたにはすっかり頭が上がらなくなっちまったな、はは」


　拘束具にも似た病院着から私服へと着替えながら、金髪碧眼の青年が傍らに立つ白衣の医師にそう応える。
　医師の方は、その応答をあまり快く思わなかったのか、ただでさえ血の気のなく薄暗い顔を不満そうにしかめた。


「私におべっかを使っても何も出んよ。
　それより、例の刺客の話はどうなったかね。今回は依頼先で何度も襲われたそうだが」

「そっちは爺さんとジョウがうまくやってくれたよ。雇われてた連中は全員“始末”した。
　雇い主の方は、昨日市場に『仕込み』を入れておいたから、明日くらいには株価暴落でハイエナどもの餌になるだろうよ」

「先週、私に手伝いを頼み込んで何やら作っていたのはそれか…。
　ハッキングは手軽だが、逆探知されればすべてを失う諸刃の剣だ。あまり多用はせんように」

「わかってるって。専門家の領域に踏み込むつもりはないさ」

「さんざん踏み込んでおいてよく言う。
　せっかく治療を進めた神経系の不具合が再発しても、もう診てやらんぞ」

「もうニューラルマテリアルを使うつもりはないさ……
　そこまで恩知らずでも命知らずでもない、皆に心配をかけ続けたのは悪いと思ってるよ」

「………。ならよいが」


　深く溜息をつくと、ドクターと呼ばれた顔色の悪い男は、手元のカルテを一瞥してデスクに放り投げた。


「明日の調査だが。私の意見は変わらん。
　可能であるなら、依頼を破棄して何も見なかったことにするべきだ。違約金を支払う価値はある」

「ドクターがそこまで言うなら、おそらく読みは当たってるんだろうな……
　“連合”の残党が狙ってるのは、やはり、オレの体に埋め込まれてるモノってことか」

「今となっては旧式極まる強化技術だが、一点だけ、現在の技術で再現できていないロストテクノロジーがある。
　それを入手するためならば、一介の傭兵を人体パーツ単位でバラバラにするくらいはするつもりだろう。
　向こうが諦めてくれる可能性は、かなり低いぞ」

「黒幕を気取ってる連中をいくら始末しても、本体のストーカー連中にたどり着くのは難しい、か……
　できれば完全にかたを付けて、気ままな隠居暮らしとしゃれ込みたかったが」

「君の──キャプテン・Ｊの“伝説”が風化しない限りは、その日の訪れに期待はできまいな。
　例の企業間紛争が活発化の兆しを見せているから、しばらくはごまかせるかもしれんが、長いことはあるまい」

「だな……何か、根本的に対策をするしかないか。
　──なぁ、ドクター・ケイン」


　嫌そうな顔で、キャプテン・Ｊの呼びかけに視線を向けるドクター・ケイン。
　その表情は「言わなくてもわかっているし答えはＮＯだ」と雄弁に語っていたが、キャプテン・Ｊは気付かないフリをして言葉を続ける。


「オレの『存在』そのものを消さない限り、オレ達に安息の日々は訪れそうにない。
　悪いが、知恵と手を貸してくれないか。ドクター」

「どうせ嫌だと言ってもやるのだろう？
　いい人ぶるのはやめたまえ、少なくとも私の前ではな」

「他に思いつく手がなくてね……
　嫌々でも乗ってくれるってことは、ドクターも同意見ってわけだ」

「そこまで察してくれるのが、また非常に腹立たしいのだよ。本当に嫌な男だな、君は」

「はは」




　──“キャプテン・Ｊ”率いる傭兵団「Ｊ」が自然消滅する、およそ3ヶ月前の一幕である。

赤茶けたカラスが項垂れたように佇むエンブレムが印象的なユニオン。

入団申請フォームには「初めての傭兵業にも充実のサポート♪」「動物モチーフのコールサインを推奨♪」などのフレンドリーな文言が並んでいるが、結成以来その申請フォームが開放されたことは一度も無い。