ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『卵２つあった気がしたんだが、朝消えてた』。
『片方朝メシにしちまったかなあ？』。
『つーかこの卵何の卵だ？』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。

　それから軽妙に何かを一定間隔で打つ音がしていた。

『何でも、《ソバ》派と《ウドン》派の抗争があるんだってよ』。
『は？　どっちも麺じゃん。同じじゃん』。
『お前なあ。ウィスキーとビール、並べて“酒”でも同じって括れるか？』。
『不味くなくて酔えりゃ大体同じだな』。
『…………まあ、そうだな、お前の場合はな』。

　食欲をそそる音。耳をすませば、麺が口内に引きずられていくだろう光景がありありと浮かぶだろう。
　どうでも良さそうな男にとっては、食えれば同じ、飲めれば同じ。ただ出来に対しては一定の拘りがあるのか、不味いものには我慢がならないと言っていた。
　ここの店員の麺は、相当に美味い。らしい。

『所でフェスティバルってのはどうだったよ』。
『アア。なんか俺結構後ろに居たはずなンだがよ、ボコられた』。
『ワオ、ツイてねえなあい変わらず』。
『ったくよォ、死な安つっても整備費だけで半分飛んでくンだぜ？　やってられるか』。

　壊れたラジオは喧騒に紛れて聞き取りづらいが、次の“祭り”の予告を淡々と告げている。
　死の旅路を示唆すれど、“不死の首”を落とさねば棺桶（ハイドラ）は真に死せずという。
　最も、この戦場においては容易く撥ねられていった首の数は知れぬものだ。

『お前も“残像”にならねえことを祈っとくよ』。
『それはないね。あの世の酒が旨かろうと、あっちじゃ戦いなんておいそれと出来やしねえ』。
『行けても地獄だもんな、俺達は』。
『違いねえ、なら少しでも受刑を先延ばししねえとな、ニャハハハ！！！』。