ENo.0160　ルーゼンエッタ

「私は貴方が嫌いだし、許す気もないわ」
　あの後、撃墜されてしまった機体を確認しに格納庫に戻ったウォルナードに向けて、真っ先にロン――ヴェロニカと言うかつて少女だったAIはそう告げた。
「へいへい、そりゃあそうだろうな」
　しれっと答えるウォルナードにヴェロニカは人間であれば眉を寄せたであろう間を挟んで、ヴェロニカは続ける。
「正直貴方のいた組織も気に食わない。私がこんなことにならなければルゼはもっと平和な生活が送れたんだもの」
「そりゃあ、あいつのミスだろ。ルゼは言ってたぜ、“私がしくじったからロンが死んでしまった”てな」
　棒付きキャンディーを咥えながらウォルナードはその口調を思い出す。
　後悔と自責に塗れた声音。あの時もっとこうしていれば、と過去を嘆き未来を見ることをやめた人間の声の色。
　当たり前だろう、自分のせいで大切な人は死んでしまって、なおかつ利用されてしまっている。本当に未来を生きて欲しかったその人のために何もかも犠牲にするつもりだったのに、自分はのうのうと生きているのだ。それに対する強く深い後ろめたさと悔恨。
　ルーゼンエッタを理解しようとはさほど思わないが、それくらいは解る。に寝食を共にしているのだから。
「――そう」
　その声はまるで元々搭載されていたAIのマリア=ローザの様に感情がなく、否、どちらかと言えば感情を読み取らせまいというような頑なさをウォルナードは感じた。理由はない。ただの勘みたいなものだ。
「別に恨んでなんかいないのにね。馬鹿な子」
　だが、次に続けられた言葉があまりに柔らかいものだから――まるで妹を愛でる姉の様なそれだ――それもすぐにウォルナードの記憶にはさして残らず埋もれていく。
「だけど、貴方達を許す気はない。何が出来るわけじゃないけれど、それは言っておくわ。私はルゼを使い捨てるつもりだった貴方達を恨んでいるし、許す気はない。高々AIの戯言だと聞き流してもかまわないけれど」
「――――お前は、」
　ウォルナードは思わず口を挟む。
「AIなのか、やっぱり。パロットみたいな幽霊じゃなくて」
「パロット、が誰なのか私はちょっと解らないけれど、私はAIよ。“ヴェロニカ”本人は既に死んでいるもの。あえて言うのなら私はその再現」
「……そうか」
「残念そうね」
「関係ねぇよ」
　でてしまった言葉に後悔を覚えながら、ウォルナードはキャンディーの無くなった棒を噛んだ。
　そう、とだけ短い言葉が返ってくる。
「俺のことはいいんだよ、それよりお前の手入れだろ、ロン。タカムラ整備工場に委託するって話も無くはないが、今は俺がお前のメカニックだ。いい子にしてくれよ？」
　ボロボロになっちまって、かわいそうに。
　このヴェロニカには好かれていないのはよく解ったが、大破してしまったハイドラは素直に心が痛む。同時に、むき出しになった配管や配線、構造パーツには興奮するのも事実だが。
「いい子にしてほしかったら、ルゼを殺そうとするような事はやめることね」
　冷たい声音で告げたヴェロニカは一瞬間を置いて、ポツリと呟く。
「――私にはあの子しかいないの」
　それに、答える必要は感じなかった。



13/「貴方が嫌い」

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