ENo.0295　リゼット・フォーレ

スタッフのいないガレージの中で歌をうたう。
高い天井に響く、音の連なり。
それが徐々に小さくなり、消える。

ノクターンの足元で、あたしはその冷たい装甲に額を寄せた。

かすかな残響が消え失せて、そこは静かに、夜の中に沈む。
明日の出撃に備えて、本当はもう眠るべきなんだろう。
でも、どうにもこうにも、目が冴えていた。

あたしに、戦場での絵なんて引けない。
インセイリーはそうしてみろと言うけれど、期待しすぎだと思う。
ママならいざしらず、あたしはまだ、ハイドラに乗っていくらも経たないルーキーだ。
それに、残念ながらちょっと馬鹿だという自覚もある。

あたしは歌をうたう。あるいは、ノクターンに歌わせる。
逆関節の軋みに、電磁アックスの風切り音に、歌を聞く。

ノクターンはけっして強い機体ではない。むしろ、装甲は虚弱だ。
特別脚が速いわけでも、飛び抜けて攻撃力が高いわけでもない。
それでも、あたしはその機体が好きだ。
ノクターンのうたう歌が、好きだ。もしかしたら、自分自身の歌よりも。

ハイドラライダーは、あたしにとって、“選ばなきゃいけない” 職業じゃなかった。
でも、あたしは戦場に引かれてきた。ママのあとを追いかけて。
いいや、単にママのあとを追うだけなら、歌うたいの道を選んでも良かった。
それをしなかったのは、どうしてだろう。

ガレージ街の片隅に立つ小さな店。

飴色のカウンターはいつ見ても閑古鳥、マスターも留守がち。
キープしたボトルで勝手に一杯。珈琲豆は自分で挽く。
そんな店だが、金銭のトラブルは意外に少ない。
が、酔漢たちの殴り合いは起きないでもない。

紅色の髪の少女が、カウンターで鼻歌を歌っている。