ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『俺ァ便秘なんざ元々知らないンだけどねえ』。
『あのハゲの方がケツ詰まってそうだ、ケツ毛で』。
『失ったものはいずれ巡り巡って戻ってくる（カムバック）さ』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。

　男はカードを弾いて掴み取った。
　小銭ではなく、電子通貨でのやり取りになるので古風な真似事は出来ない。

『“注意喚起”？』。
『あー。おお、なんだったかネ……忘れた』。
『そんな小銭じゃ、大したことでもなさそうだな』。

　企業同士の小競り合いもほどほどに、棺桶（ハイドラ）乗り男は相も変わらず惰性を貪っている。
　安全運転とは昨日は決め込んでいたが、半数以上は撃墜。残像ともども落とされたが、人を呪わば穴二つというのだろうか。
　――陳腐な罵倒の返礼が、修理代の重みとなって来た。盛大な溜息と共に、カウンターがのしかかった体の重みで軋む音がした。

『あのマシュマロをどうにかこうにかするらしいな』。
『ンでもって、そろそろまた“節目”なんだろ？　大変だねえ』。
『そン時はどうすっかねえ……』。

　地を這う声がする。締切の迫った作家のように、思考が膠着状態になって来る日への作戦を脳外へ追いやろうとしていた。

『これが映画なら、あの繭の中にはでけえ《クイーン》が居る筈さ』。
『あーはいはい妄想乙。や、あれ自体がレガシーでファンタジーならあり得るな』。

　ゴミの駆除は全くもって先兵に委ねている。
　自分たちライダーは、ゴミのない綺麗な戦場で悠々と命のやり取りが出来るわけだ。おそらく。
　男の睥睨はやがて上を向く。

『とーころで旦那ァ。あのハゲ“キル・ユー”ですってよォ？　いかがいたしますゥ？』。

　やがて細く長い笑い声が喧騒に紛れて消えていく。
　店員は、グラスを磨く手を止めた。