ENo.0348　シシリー・M・W

　最近、シシリー・M・Wはハイドラの脚部パーツを作ってばかりいる。
　今作っているもので、三週連続となる。
　しかも全部軽逆関節。
　もちろん、僕――シシリーが乗るハイドラである『ラットフット』――を強化してくれるわけだから不満はない。
　ラビットフットをもじって『ラットフット』と名付けてくれたあたり、脚にこだわりがあるのかもしれないし。



「……ふぅー」

　作業の手を休めて、シシリーが顔を上げて息をついた。
　手には油で汚れたグローブをはめているから、前腕で器用に髪をかき上げる。
　ハツカネズミのような白髪が踊り、前髪に一房だけ染められた赤毛が白に紛れて、そしてまた綺麗な場所に落ち着いた。
　口はモグモグと動かされていて、これもネズミに少し似ている。実際はただガムを噛んでいるだけだけれど。
　機械仕事、油仕事の最中でなくとも、彼女はタバコをやらない。
　健康のためではない。いちいち火の準備と火の処理をするのがめんどくさいからだ。
　特にこの霧多い場所では簡単に湿気てしまって取り扱いが難しい。
　噛みタバコ――或いは噛んで使えるほかのドラッグ――にいいものがあれば使うのだろうけれど。

「最近いまいちあたしら活躍できてないからさ、『ラットフット』。この新作でドカドカやっちゃおうぜ」

　そう言って、彼女は僕にニヤリと笑った。
　とても爽やかに、ドカドカ殺す誘いをしてきた。



　彼女が今作っているのは、拾った鉄骨と、もう一個どっかから調達してきた鉄骨を材料とした脚だ。
　軽逆関節タイプとしては重くて、とても攻撃的。
　脚部の重さは僕の積載量を圧迫しないから彼女は好んで重い材料を使うけれど、その中でも今回のものは暴力性が並外れていた。
　ひたすら攻撃に特化したチューン。
　蹂躙するための脚だ。
　彼女に言わせれば、楽しむための脚なのかもしれない。
　そして彼女は、新作につける名前をもう決めている。
　その名は『善意』。
　攻撃性を高めた兵器パーツにつけるには、随分意地の悪い皮肉を効かせた名前ではある。
　悪趣味とも言える。
　けどその脚を、彼女は実に楽しそうに作っている。
　本当に善意と好意で事を成す、ボランティアに励む青少年を思わせる様子でだ。




　彼女の作った『善意』は、当然マーケットに並び、売られるだろう。
　そのネーミングがただの洒落だとわかっていても、僕は考えてしまう。
　いったい善意を売る存在とはどういう者なのだろう。
　そして、売り払ってしまったなら、彼女自身の善意はあるのだろうか、と。
　春を売る人や愛を売る人が、豊かな春や愛を持っているかを考えるように。

残像領域のある場所。
ある都市のうちのひとつ、霧都市。

都市のはずれ、その中にひとつ、霧の中でぼんやりと明かりが灯っている建物が見える。

霧と混じる工房の煙。
ここは、ダガー工房。
ハイドラのためのダガーを造るための人々が集う場所。
硬質ダガーに魅せられた人々が集う場所。

今日もダガーの職人、技術者、お客、全然関係ない人。
いろいろな人物がいろいろな目的で集まっている。

その様子を工房の片隅で、
無口なバーテンが笑顔で見ている。


※説明
・ダガーユニオン
・【訓練】格闘*5　【購入】経験値+1
・雰囲気ユニオン
・片隅にショットバー