ENo.0176　クロムノート・ウェルサキオン

部屋の扉を開けると、そこにはまた女がいた。

「待ってたわよ」

快活そうな赤毛の少女。洒落た服の上に、髑髏を模した肩当てのついた悪趣味な黒い外套を羽織っている。
小柄な体躯と幼い顔立ちに似合わぬ不敵な笑みを浮かべており、どことなくその所作からは風格のようなものを感じる。

「あんたらには扉の前で待つって考えはねえのか？」

酒瓶を床に置きながら尋ねると、少女は不敵な笑みを崩してバツの悪そうな顔を浮かべながら、もごもごと言い訳を始める。

「……いやだって。部屋の前に女が待ってるって、変な噂立てられそうじゃない？
　迷惑が掛かるといけないかなと思って」

「別に俺は気にしねえけどな」

「私が気にするのよ！」

があっと怒鳴り声を上げる。
先日の薄ら笑いばかり浮かべていた女に比べると目前の少女は表情はころころと変わり、人間味を感じる。
聞いたところによればこの少女もまた人間ではないらしいのだが、クロムにとっては言葉にできない恐怖を感じないのなら、人間かどうかなどどうでも良かった。

「で、聞きたい事って何よ？　察しは…つくような気もするけど」

少女はちらりと周囲を見回す。
クロムもまた酒瓶のフタを開けながら見回すが、少なくともクロムの眼には何も見えなかった。

「女が来たぜ」

「みたいね。勧誘でも受けた？」

「本人はそのつもりだったみてえだな」

俺には死刑宣告に聞こえたが、と続けると少女が眉を潜める。

「あながち間違っちゃいないわね。あのコ、死者しか血族にしようとしないから」

「死ねば終わりと思ったんだがな、死後もコキ使いたいと言われるとは思わなかったぜ。
　……で、アンタもその血族とやらなのか？」

雑談のような気軽さでクロムが問いかけると、瞬間、少女の目が細まる。
クロムはそれを意図的に無視して、シニカからもらった酒を煽った。
いつも飲んでいる下品なアルコールの味ではなく、やたら複雑で難解な味だった。
ごとり、とボトルが床に置かれる音にまぎれるような小さな、けれど響く声で少女が尋ねる。

「…何を言われたの？」

「俺が酒を飲んでも酔えない。眠らなくても疲れないのは、自分のせいじゃない。
　心当たりがあるんじゃないかってよ」

「…は？」

少女は緊張していた面持ちから、何を言っているんだ？　と言わんばかりにあっけに取られたような顔に変わる。
クロムにとってもこの反応は予想外で、思わず怪訝な表情を返してしまった。

「何、アンタ。覚えてないの？　自分がここに来るまでの経緯」

「ああ。さっぱりだな。アンタ等に連れて来られたのはなんとなく覚えてたが」

「ん、んー……それは合ってる…わね。偽物の記憶を植え付けられたとかじゃなさそう。
　記憶喪失なんて初めてだわ。でも、そもそも血族化ってどういう経過を辿るのかしら…？
　それに彼を血族にするのは初めてみたいだし、そういう不具合もあるのかしらね…？」

頭に手を遣りながら少女はぶつぶつと独り言を呟く。

「おい。結局、そっちも心当たりはあるって事でいいのか？」

「ええ。有り得る…という話であって、間違いなくこちらの責任ってワケじゃないけどね」

「これ以上の面倒事に巻き込まれているとかじゃねえならそれでいいさ。他に思いつく事もねえんだろ？」

クロムは再び酒瓶を手に取り、中身を口に含む。
二口目ともなればいくらかは慣れてきて、高い酒の旨味とやらも多少は感じ取れた。

「そりゃ思いつくだけなら色々あるけど……そうね。可能性が高そうなのは1つあるわ」

「なんだよ」

三口目に取り掛かろうとしたのを止め、少女に問いかける。
少女は少し、考えた後。

「その女があなたの記憶を奪った可能性」

「……まあ、できてもおかしくはねえが。なんでそんなことを？」

「そんなの分からないわよ。それに、できるってだけでやったってわけでもない。
　ただ、あのコはそういうのは得意分野で苦も無くできるのは確かよ」

あの女。ただそこにいるだけで得体の知れない不安感を生み出す不吉な女。
あの不気味なくすくす笑いは、今もクロムの頭に染みついていた。
それが自分の記憶をいともたやすく操れるという事実は、さしものクロムといえどもあまりいい気分にはなれない。
憮然とした顔で少女を見返して。

「…またやると思うか？」

「わからないけど。不安なら備えくらいはできるわよ」

クロムが返答をする前に、少女の指先に赤い光が灯る。それは少女が軽く指を動かすと、まるで白いキャンバスに絵筆を走らせるように、虚空に赤い軌跡を刻んでいた。
指先は踊るように動かされ、円と線で形作られた複雑な文様を描く。
やがて完成したのか少女が文様を軽く指先で弾くと、それは吸い込まれるようにしてクロムの額へと消えて行った。

「防げはしないけど、もし弄ったら一発でそれと分かる仕掛けよ。そうなったら私が貴方の記憶を呼び戻してあげるから安心なさい」

「…そりゃ心強い」

肩を竦める。それから、もう1つ気になっていた事を尋ねた。

「で、要するに俺は、どちらからも血族にしたいと狙われてるって事で良いんだよな？
　あの女と、あんたらのボスと」

「……間違いないわ」

「血族ってのは何なんだ」

「要は。親玉の意思を忠実に実行する、すごく強い自由意思を持った配下、ってところかしらね。
　例えば私はこうして自分の意思というものはあるけれど、親玉の方針である戦争行為を否定する事はできない。
　どれだけ望んでなかろうと、親玉が戦争をしようと思い立てばそれに逆らえる血族は存在しない。
　…人によっては奴隷と言い換えられるかもしれないわね」

「そうか。――いや、安心した」

クロムは心底安堵したように溜息をつくと、酒を一口煽った。
美味い、と無意識に呟いて。

「それなら、あんた等に従えばこれまで通りってわけだ」

戦争！　戦争！　戦争だ！
喜べよ下種畜生ども。地獄のラッパが響いてきたぞ。
俺達が呼ばれている。
多くの血を流すため、多くの命を踏み潰すため、多くの死を広げるために。地獄の戦鬼が。

よう戦友！　アンタが求めるのは血か？　金か？　闘争か？　栄誉か？　はたまた正義なんて求めてるのか？
まあ、いいさ。どれだって。御大層な理由だろうがクソみたいな理由だろうが、やる事も同じなら逝く場所も同じなんだからよ。

どうあれ、ここにいるって事は俺と同じく戦争をより盛り上げたいってイカレ共だ。
死体と涙と恨みと鉄屑を空高く積み上げたいって、死んだら地獄行き間違いなしの畜生共だ。

同じ死体を漁る野良犬同士、せいぜい仲良く分け合っていこうぜ、なあ？

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格闘反応な命が葉っぱ勢のあなたに。
ユニオン活動は格闘×3　反応×2 → 格闘×2　反応×3の順で更新毎に変更していきます。

10人の状態で死亡者が出た場合、また2更新以上行動しない場合は参加許可を外す可能性があります。ご了承ください。

ユニオン購入は何かしら意見あるまでは機動力＋3%を予定しています。