ENo.0594　祟鬼漬クロガネ

「守れなかった……。」
ぽつりと呟くと自分の無力さに圧し潰されそうになる。
私は自分の認識の甘さを、むざむざと実感させられていた。

『MIST-810-JP』。彼と言葉を交わした記憶はない。
それでも私と同じ戦場にいて、ともに戦った戦友だったことは確かだ。

彼の戦果は凄まじかった。恐ろしいまでのスピードで次々に敵機を切り刻み、瞬く間に破壊していく。
「凄い……！」戦場を躍るように駆けていくウォーハイドラを見て、私は無意識に呟いていた。

その光景を前に、忘れかけていた。
残像領域は、この世界のどこよりも残酷で、命が軽い場所だという事を。

……それは一瞬の出来事だった。
彼が接近した重装甲DRの榴弾砲がハイドラの半身を抉り、
即座に発射された次弾が、今度こそ彼のコクピットを跡形もなく吹き飛ばした。

死が目の前に広がると同時に、劈くような爆音と、シグナルロストの通知音が脳をかき乱す。
同時にコクピットに響いた聞き覚えのある金切り声は、紛れもなく、私のものだった。
……それから先はあまり覚えていない。

少なくとも私は撃墜されずに生き残り、同時に多くの味方が撃墜された。
生存率は66%、あまりいい数字とは思えなかった。

ロウブリンガーに目立った損傷はなく、これなら軽く整備するだけで問題ないだろう。
基地に戻った時に、誰かが言っていた事を思い出す。

「初出撃だってのに、ほとんど無傷で帰ってくるたぁ大したもんだよ。」

……違う。
ロウブリンガーの厚い装甲は、自分を守る鎧じゃなく、仲間を守るための盾だ。
傷一つ無いロウブリンガーは、私が追い求めていた姿じゃないはずだろう。

解っている。……臆していたんだ、自分が。
初めての戦場に気圧されて、恐怖して、微かに怯えて。
そのせいで、誰も守ることが出来ず、多くの犠牲者と、一人の死者を出した。
結局、私のロウブリンガーは臆病者の鎧でしかなかった。

「……このままじゃ駄目だ。」
私はすっかりぬるくなってしまったコーヒーを一気に飲み干して、パーツの作成に取り掛かった。
同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。今度こそ、私は盾になる。

みんなを守る、「ロウブリンガー」に。

祟鬼漬クロガネが所有する移動式ガレージ内に設けられた小さな工房。

カタカタと音を鳴らす錆びた換気扇、プラプラと揺れる頼りない白熱電球。
古ぼけた大型テーブルに、軋みを上げる幾つかのパイプ椅子。
煤けた作業台の上には、不釣り合いなほどに新品なコーヒーメーカーが置かれている。

ここではパーツの製造のほかに、ハイドラの整備、点検、修理まで幅広く行っている。
訪れれば、やたら濃いコーヒーと一緒にぼそぼそのレーションを振る舞ってもらえるだろう。
……口に合うかは別の話だが。