ENo.0594　祟鬼漬クロガネ

「これは忠告だが、多くを守りたいのなら一番棄ててはいけないのは……クロガネ、おまえ自身だ。
お前が折れさえしなければ、その分長生き出来るヤツが増える。焦らず、ゆっくり強くなると良い」

私は少女から言われた言葉を、何度も、何度も思い返していた。

『セイラン＝ルーデ』。彼女のその一言は、シンプルだが、的確で、力強い、激励の言葉だった。
いつもの私なら、その言葉に強く感銘を受けたはずだ。

「守るために戦う」そう決めた私にとって、これ以上ない言葉だ。
「自分が生き続けることで、たくさんの人を守ることができる。」
素晴らしいことだ。私はそのために、今まで戦ってきたはずなんだ。そう思っていた。

……なのに何故、私はその言葉に心を惑わされている？
何故、今まで私は自分の命を顧みることがなかった？
何故、私はティタンフォートを「自殺志願者の戦闘システム」と称し、尚も使った？
何故、私は仲間を守ることに、自分の身を犠牲にすることに固執する？

……何故、私は戦闘中行方不明になった父のハイドラを……ロウブリンガーを持っている？

その事実に気付いた瞬間、心臓が大きな音を立てて跳ねる。
瞳孔が大きく開き、時間が止まったかに思えるほど、思考が高速で動き出す。

視界が歪む、焦点が定まらない。
脳が灼き切れ、意識が途切れ途切れになる。
呼吸が荒くなる、肺が酸素を求めて膨張と収縮を繰り返す。

なにかがおかしい、なにか大切なことを忘れている気がする。
忘れてしまいたい。でも絶対に忘れてはならない何かが。

思考がぐるぐると回転し、深層意識を掘り出そうともがく。
私の中の大きな矛盾が、はめ込まれた歪なピースが、少しづづ剥がれて、なにかを思い出そうとしている。

動悸がする。制御できない。震えが止まらない。

……ゆっくりと、だが確実に私の心が悪感情で満たされていく。
憎悪と、悲しみと、不条理と、抑えきれない酷く歪な何かが、醜く入り混じる。

身体が、自分の意志とは無関係に動き出す。

私の右手が、存在しえない銃を掴む。

私の人差し指が、存在しえない引き金に触れる。

存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。
存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。
存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。
存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。
存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。
存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。
存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。
存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。存在しえない引き金を引く。

存在しえない硝煙と血の匂いが、私の鼻を突く。

存在しえない男の手が、存在する私の頬に優しく触れる。
弱々しく震える、ぬめった血の感触。

――それと同時に、私の意識は途切れた。


……そして、確かに思い出した。


「死にたがっていたんだ、私は。」
「償いの為に。」

祟鬼漬クロガネが所有する移動式ガレージ内に設けられた小さな工房。

カタカタと音を鳴らす錆びた換気扇、プラプラと揺れる頼りない白熱電球。
古ぼけた大型テーブルに、軋みを上げる幾つかのパイプ椅子。
煤けた作業台の上には、不釣り合いなほどに新品なコーヒーメーカーが置かれている。

ここではパーツの製造のほかに、ハイドラの整備、点検、修理まで幅広く行っている。
訪れれば、やたら濃いコーヒーと一緒にぼそぼそのレーションを振る舞ってもらえるだろう。
……口に合うかは別の話だが。