ENo.0256　バルトロイ・クルーガー

タカムラ整備工場の一角。
ニゲル=テンペストの前でチカはタブレット端末を眺めていた。

「うーん」
「なんだ、便秘か」
「ぶったたきますよ。コロッセオ用のアセンブルに改良点が無いか見てたのに」

バルトの面白くない冗談を一蹴してチカは再びタブレットを見る。宛がわれたブロックは残像も多い。が、それはひとつの目安でしかない。

「……安定した索敵がとれる保証ないですし、その辺り強化しますか」
「……そっか、そうだな」

いつもは僚機であるダイスがいた。彼女の技術の高さを身に染みて理解しているのはバルトだ。最早、彼女のサポートがない戦場は考えられない。
考えられないと言ったそばから考えなければならないのだが。

「……まあダイスさんのかわりですし、彼女の余りパーツとか、使います？」
「あ？」
「恋人と離れるのは寂しいですからね？」

チカはわざとらしくそう告げるとダイスのパーツを確認して、彼女へ連絡を取り始めた。
その背中を見ながら改めて気が付いた。自分がいないということは、誰がダイスを守るのだろうか。
彼女が臨時の相棒に選んだのは最近この辺りに迷い混んできた少年だ。ただ、彼もまたサポート役でありダイスを守るという役割は期待できない。
チカが置いたタブレットを素早く操作してダイスのブロックを確認した。

「……」

何故だか不安になってきた。こんなことならコロッセオに誘うべきだったか。否、それは即座に否定する。
コロッセオに行くことはダイスにとってリスクしかない。彼女の顔がテレビに映れば目敏いものは気付いてしまう。
何よりどんな形でも彼女を見世物にはしたくない。

「索敵用のパーツ貸してくれますって……て、どこ見てるんです」

戻ってきたチカはバルトがダイスのブロックを見ているのに気付いて大きく溜め息を吐きながらそれを取り上げた。

「あ、」
「人の心配してたら死にますよ。生存優先申請してたって、当たりどころ次第では死にますからね」
「そうだけどよお」
「ええい、女々しい！そんなキャラじゃないでしょう！シャキッとしなさい！」

チカは歯切れの悪いバルトの尻を蹴りつけた。声もなく痛みに耐えるバルトを一瞥してからチカは改めてバルトのブロックを確認する。
見れば見るほど難しい場所だという感想しか出てこない。ただ、それはバルトの方が理解しているだろう。チカはタブレットの画面を消すと大きく伸びをしてニゲル=テンペストを見上げる。
整備士として出来ることはあとひとつ。完全な、綻びの無い機体を仕上げること。

「完璧にしてあげますから、傷つけないで下さいよ」
「無茶言うな！ったく……」

それがチカなりの励ましの言葉だということはバルトも理解はしている。
戦場が遠退いていたあの頃、何度も想像した事が現実になろうとしている。
最早昔ほど花のある戦いは出来ない。これは、時代遅れの男の夢を叶えるための我儘なのだ。だからこそ、夢の時間が少しでも長くなるように、そして、こんな自分に期待をかけてくれる声に応えられるように――


瞑目する。


歓声が聞こえる。


目を開く。


そこはもう、鋼鉄の檻。


「行こうぜ、ニゲル。俺たちが、どこまで高くのぼれるか……確かめる時間だ！」

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