ENo.0594　祟鬼漬クロガネ

ストラトスフェア要塞戦が目前まで近づいている。

大決戦を間近に控えた緊張からか、恐怖からか。基地内の空気がピリピリしてるのを肌で感じる。
だがどうも……、それだけではないらしい。

『怒り』。
休憩所、食堂、バー、いたる所で怒号が聞こえる。
酔った勢いからか、大声で企業を非難して警備員に取り押さえられる者もいた。

辺境のレジスタンス『ルオシュ』、バイオコクーンの参戦。
間違いなく、それが原因だった。

バイオスフェア要塞戦があったのは、私が雇われる直前の事だった。
巨大な繭。おおよそハイドラとは呼べない異形の機体『バイオコクーン』によって、
数々のハイドラが撃墜され、多くのライダーが死んだ。
私はその恐怖を知らない。

「ヤツの協力なんて必要ない！」「仲間を殺しておいてよくもぬけぬけと！」
「殺せ！企業はなにをやってる！」「信用できるわけないでしょ！なんでこんな……！」

……私はその恐怖を知らない。
だから、彼が仲間として作戦に加わることに、大きな抵抗はなかった。
ただ一つ、本当に信用していいのか、それだけは気がかりだ。

もし彼が私たちに牙を剥くなら、身を挺してでも仲間を守らなければならない。
だが私は受け止めきれるだろうか？数多のハイドラを墜とし、幾多のライダーを殺したその煉獄を。

「……いや、考えても仕方ないか。」

始まる前から裏切られることを想定したってどうしようもない。
彼の戦力は絶大だ。仲間として戦ってくれるなら、これ以上頼りになる者もいないだろう。


とにかく今は「ミサイルキャリアー」の対策を練ることの方が重要だ。

戦いが終わるまで延々とミサイルが飛んでくる……。
クイックブーストで身を守る軽量機にとって、これ以上の脅威も中々ないだろう。

だから私がやるべきことは一つ。
全てのミサイルを受け止め、仲間に被害を出さないことだ。
そのためには今まで以上に物理装甲を積む必要がある。

……大丈夫だ。ロウブリンガーは今まで墜ちたことがない。今回もうまくいくはずだ。


やはり、それでも考えてしまう。

「一人の為に身代わりになるか、生きて守り続ける道を選ぶか」

私は、どちらも助けられるようになるまで死ぬわけにはいかない。
そう答えた。

でもそれが一人ではなくて、数十人、数百人だとしたら？
私は一体、どうすればいい……？

祟鬼漬クロガネが所有する移動式ガレージ内に設けられた小さな工房。

カタカタと音を鳴らす錆びた換気扇、プラプラと揺れる頼りない白熱電球。
古ぼけた大型テーブルに、軋みを上げる幾つかのパイプ椅子。
煤けた作業台の上には、不釣り合いなほどに新品なコーヒーメーカーが置かれている。

ここではパーツの製造のほかに、ハイドラの整備、点検、修理まで幅広く行っている。
訪れれば、やたら濃いコーヒーと一緒にぼそぼそのレーションを振る舞ってもらえるだろう。
……口に合うかは別の話だが。