ENo.0265　ジュネリア＝ハーヴェスト

ジュネリア＝ハーヴェストは前日から機嫌が悪かった。
それもこれもリー・インという男のせいだ。

　あの男の態度、存在、何もかもが気に食わない
　あの男にとっては私のような存在は想定していないのか？
　追われる身であるという考えはないのか？
　それとも……

苛立ちながらぬれた髪を乱暴に拭く。いつもなら食事を取っている時間だがそんな余裕はない。
アルコールとなれないことをした影響で未だに全身が痛む。
大方水分を拭き取るとタオルを置き、肌着の上に搭乗着を着る。

苛立ちの原因は複数ある。

ひとつは今日のアセンブルがまだ完了していないことだ。
日頃は前日のうちに次の戦場のアセンブルを行ってしまうが、今日はまだ完了していなかった。
一昨日のことが尾を引いているのである。
―――もちろんアセンブルが難しいという理由もあるのだが。

新しく出現したシャドウという新型、これを今日も相手にしなければならないのだ。
難しい相手というわけではない。こいつは戦場にいる自動操縦のWHを狙って動く。
いわば、戦場にいる敵勢機体の攻撃を的確に当てさせようというわけだ。
こいつらは大きな問題ではない。ただ、戦闘と撤収に時間がかかる。
当然撃破されたWHを回収する必要があるためだ。戦場でのWHの損耗度は予測がつかず、回収の順番や処理手続きで前回はかなり待たされた。
自動操縦のWHが多かった前回の戦場では戦果の代わりに時間を失った。
それはこの戦場、この戦いを目的にしていないジュネリアにとって無駄な時間である。
自分の時間をつくるために取引や資産運用をまかせているのにこれでは意味がない。
ベティ・ヴィーナスと会った日の出来事と、前回の戦場に長くとどまったことはジュネリアの精神的にも肉体的にも大きな負担となっていた。
事実前回の戦場から戻ると、必要最低限のことをこなして倒れるように休みへ入った。

今回の戦場のシャドウは前回のものと違うというのもジュネリアを苛立たせていた。
ただし、これに関しては幸いなことに今日の戦場は多少改善されるとみている。
前回よりも自動操縦のWHが少ない戦場であり、コロッセオへ入り浸っていたランカーたちがこぞって戦場に参加しだしたのが大きかった。

　今回の戦場にも何人かいたはずだ
　ただ耐久力のあるハイドラが少なかったから…

未だに湿っている髪を拭きつつ戦場での立ち回りを考えていると、端末のメッセージランプが点灯している。
ランプの色から、パーツの取引とわかると仮面の下で顔を歪める。
舌打ちとともに皮手袋をつける。完全にいつもの戦場に出る格好だ。
　
　あまりこれを使いたくはないのだが時間がない
　本当なら昨日のうちに取引を止めていたはずだが
　どれもこれも…ああ思い出すだけで反吐が出る

いくつかの引き出しを引っ張り出すと、中から携帯用の端末を取り出した。端末を見て少し眉をしかめる。
まだ湿り気の残る髪を簡単に整えつつ――どうせ湿度で変わりはしないが――引き出しもそのままに足早に部屋を出てガレージへ向かう。

取引相手はニーユ＝ニヒト。見た名前だ。以前にも取引をした相手である。
律儀に音声つきのメッセージを送ってくるような男だったが、どうしてまたこんな駆け込み取引をしているのか。
さらに悪いことに、パーツの送品先が微妙に異なっている。
相手はニーユ＝ニヒトなのだが送り先がリーンクラフトミリアサービスの番地が前回の発送履歴と少し異なっている。
ジュネリアの苛立ちはさらにつのる。

　直接確認を取っておいた方がいいな

すでに取引そのものの処理は完了しており取引システムから発送も行われている。逆にいえばこちらはすでに代金を受け取っていることとなる。
信用取引に近いものがある以上、念には念を入れておくべきだろう。
やや不慣れな手つきで携帯端末を操作すると、取引用連絡先に記載されていた場所へ発信を開始する。

……………出ない。
…………未だにコール音が鳴っている。
………ガレージが近づく。

やっと出た、と思うと留守を知らせるメッセージサービスだった。

　……もういい。必要な内容を伝えるだけだ

苛立った声で必要な要件を伝えると通信を切る。日ごろしない音声通信をするとろくなことがない。

　それもこれも、あの男のせいだ

ただ無言で射撃する