ENo.0520　リズ

　『シャドウ・ライトニング』の猛攻を防ぎ切り一息をついたわたしの耳に、聞きなれた無機質なアラートの音が入ってくる。
それはナインヘッドが弱敵——言ってしまえば撃墜寸前のハイドラを発見したことを乗り手に告げるものだった。

　けれど、そう、何かがおかしい。
わたしは首をかしげながら、眼前に展開されたモニターに視線を巡らせる。

「……うん、いない、よね？　もう、わたし達が倒すべきハイドラは……」

　何度確認してみても、ナインヘッドのモニターに表示されている戦場の全景に生存している敵機はいない。
この場所はすでにわたし達の勝利という形で制圧済みであって、墜落したハイドラの残骸はあっても、半壊してなお動いているハイドラの姿は見つからない。
……流石にもう二十日近く見続けた画面だから、始めのころのような見落としや見間違いもおそらくは無いだろう。

　それでもナインヘッドは今もなお、わたしに『弱敵』の存在を告げ続けていた。

「……」

　ナインヘッドの通知機能や索敵機能が壊れたということは少し考えにくい。
さっきの戦闘では正常に働いていたし、それらがおかしくなるほどの衝撃を受けたわけでもない(きっと今回の整備も簡易なもので済むだろう。やったー)。
それになにより、ナインヘッドの中でももっとも重要と言っていい機能が壊れたなんて考えるのは、この子に悪い気がしてきてしまう。

　そうでなければ、と、しばらく考えを巡らせてみて。
何となく思い当たったものがあった。もしかしてこれではないだろうか。

「超広域探知、だっけ？」

　ナインヘッドの性能表に書いてあったその一文。
詳しいことや正確なことはあまり分からないけど、おそらくこの情報はこの子の索敵範囲に関係しているものだろう。
そして超広域ということは、わたしが想像しているよりもずっと広い場所が見えているということだろうか？

　だったら、ナインヘッドのアラートは。鳴り響き続けるこの声は。
『まだこの霧の中にやるべきことが残っている』という、この子の願いに他ならない。

「……うん、往こう、ナインヘッド。あなたがそう望むなら」

　わたしの願いは、想いは、この子にたくさん叶えてもらった。今もなお、『ここにいる』と叫ぶことができるのだから。
だったら、ナインヘッドは、わたしの愛するあなたの願いは、乗り手であるわたしが叶えてあげるべきなのだ。

　だからわたしは、霊障コンソールに置いた手に力を込め、ナインヘッドに前進の許可を出す。
これからさらに危険な目にあうかもしれないという恐怖なんて、これっぽっちも感じはしなかった。

　だって——今度はわたしが、この子を手伝う番なのだから！



（霧の中、一人のレジスタンスの前に九つの頭をしたハイドラが立ち塞がり。
彼を攻撃から守り通したことが、戦争の記録に残されている。）