ENo.0023　アンナ・T・パラボ

「…何だって？」
我ながら間の抜けた声をあげながら、コンソールの表示を見る。
『No Signal』
文字通り、信号が途絶えている状態だ。
このコンソールはHMXオリジン専用のコンソール…
つまりアンナのデータやらの諸情報をひとまとめにしたものだ。
アンナからの信号が途絶えたというのはなかなかまずい。
コンソール自体の不具合、というのを置いた時にまず考えられることは…

アンナが『保険』なしで撃墜されたか？
私はそれを否定する。

残像領域のハイドラライダー、その出撃やらを管理している団体、企業には
すべてわたりを付けてある。
おかしな動きがありしだい、すぐに私に連絡が入ってくるはずだ。
（そもそも、おかしな動きができること自体が想定外なのだが）

では、アンナ側のプログラムエラー？
確かに私は天才ではあるが、
一切壊れない、エラーも起きないプログラム。これは難題である。
そもそもHMXシリーズはその問題へのアプローチの一つとして始まった。
機械と生命の融合により、プログラムの矛盾、耐用年数などを
無理やり解決しようという「異端」「邪道」な手段…これは無能の言い分であり、
私からすれば「画期的な」方法だ。

まぁ、今はそんなことは大した問題ではない。
アンナ全体に重大なエラーが生じているのでもない限り
そのプログラムだけの停止というのは考えにくい。
もしもそういったエラーのせいならば…
アンナはメンテナンスが必要なのだろう。
しかし私自らメンテナンスは面倒だ…
そもそもそこまで手をかけるならアンナを持ち出した意味がない。

さて、どうしてやろうかと腕を組んで思案に暮れると、
メッセージが届いた、との報が。
「なんだよ…この忙しい時に」

『やあハカセ、あたしはついに支配から脱出した！」
あいつはー！！とはいえ、撃墜ではなかった、というのは幸いか。
『残像領域の職人はすごいね、私のプログラムを一部だけ解除できるなんて」
それには私もびっくりだ。おそらく真実だろう。
しかし私に匹敵する研究者…少し興味がある。
それはさておき困るのはデータが取れなくなること。
HMXシリーズはそう何体も投入できない、
かといってそこらのロボではハイドラライダーという役割は力不足だろう。

メッセージには続きがあった。
『追伸1。データは予定期日までは送るので血も涙もないハカセも安心されたし』
ひどい言われようだ。
しかしデータが送られてくるのなら、そこからアンナの所在もわかりそうなものだが…
『追伸2。たんぽぽ掲示板を通じて送るので辿ろうとしても無駄なのだ。
　…いや、もうプログラム切除しちゃったから直接送れないけど』
読まれていた。しかし変に律儀なやつだ。
これもHMXシリーズ、アーキタイプなりの考えかもしれない。
良くも悪くもここまで感情的な動きができるのはアンナの個性だな。
私が天才すぎる故か…
しかし。あー。まさか逃げ出すとはも追わなかった。
髪をガリガリ掻きながら、席を立つ。

「この後――――社が来訪致しますが」
「放っておけ。今は気分じゃない」
ナビゲーターの忠言を無下にし、テレポーターに乗り込んだ。
アンナのことを考えると、なんだか外の空気が吸いたい気分だった。

生き残った者達へ。
これから往く者達へ。
私たちは歌おう、今日この日があることを。
私たちは祝おう、今日この身があることを。

全ての生きとし生けるもの達へ。
健やかに、でもなく。末永く、でもなく。
ただただ只管満足な生と、満足な死が迎えられるように。

乾杯。