ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『酔いが覚めるのと、この世界が起きるのと』。
『似てるのかね』。
『――居もしない神に祈ったか？　小便は済ませたか？　戦場のど真ん中で花火打ち上げる準備はオーケー？』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。
　
　“春の足音が迫っているらしい”。
　“春とはなんだ？”。
　“どうにも、世界の終わりではなく始まりであるとか”。

『――巨人を斃して、世界が始まったらどうなる？』。
『モチロン、俺達は籠の鳥から巣立つ鳥へ。自由を手に入れるのさ！』。
『なあ、俺は『大丈夫だ』。

　グラスに手をつけて珍しくしおらしい男の言葉を、緩やかに制する隣の男。隣人は、ただ柔らかく笑う。
　芽吹く気配、死にゆく世界（そんざい）。たどり着く物語の先に、終わりはないと信じるからこそ。
　男は、自分が《物語の終わり》に内包されていないことを願っている。

　このガヤ騒ぎも、またもっと喧しくなるだろう。
　減っていった客も、何事もなかったかのように増えているだろう。
　仕事には困ることもあるかもしれないが、まあきっと何とかなる。生きてりゃなんとでもなる。

『“種明かし”はまだなのか？』。
『この話には種も仕掛けもない。あるのは戦いだけだ』。
『お前は俺を知っている』。
『そりゃ、散々盃を交わした仲だろ、マイ・フェア・バディ』。

　物語の終わりは、始まりとは違う。
　終わることは始まることだが、終わることには付き物がある。
　例えば悪の根源が斃されたり、仲間が死んだり、超越的な力によって齎される終焉（カーテンコール）。役を終え、舞台外に追い出されたものはその先の始まりに続けない。

　一体、自分はどの位置に居たのか。
　最初から記憶のない酒乱として配役を得た男が、どこへ行くのか。
　男自身の霧（しんじつ）は晴れるのか。そもそも真実などというものはないのか？

　これだけ意味深長なやりとりを合間にしておいて、実はただの端役であれば笑ってやり過ごせる。
　ただじゃない端役であれば――まあ、そんなもんだと思える。
　最も棺桶（ハイドラ）乗りが気にしているのは、この付き合い長くも素性不明の男自体だった。あの夢が事実なら、デウス・エキス・マキナは近くに居るのかもしれない。

　どっちでもいいのだ。
　最後まで酒を呷り、散らす兵器の匂いに酔いしれれば。
　男は戦果や信頼というものを絶対視していない、ましてや世界のことに頓着していないがゆえ、個人で完結している。

『こんな面倒な世界じゃなけりゃ、もちっといい感じに暴れられたかもナア』。
『今更言い訳もファッキン・ビートだぜ相棒』。
『ニャハハハ』。

『面倒って割にゃ、いろんな奴にちょっかい出してたしな』。
『ああ……悪くない。悪くなかった』。

　《猫》とて寂しい気持ちにはなる。