ENo.0602　如月

イオノスフェア要塞攻略の報せが入った。

企業連盟残党やハイドラ大隊からではない、チーム如月の共有情報として主任の名義による連絡だ。
おかげで読み終えるなりメールを破棄し、メールサーバの送受信記録も削除する手間を費やし、不正アクセスによる余計なリスクを背負い込む羽目になった。

チーム如月の共有情報。少なくともメールにはそう記載されていたが、私はすでに外部の人間だ。知るはずのない情報を知るべきでないことは、私はよく知っているつもりだ。知った人間がどんな末路を迎えるかも。

それは私にとって命を代価に支払うほど価値のあるものではない。残像領域の命運に関わるとして、それを直接左右させるのは研究者である私の役割ではない。
だが、如月であれば可能だろう。ウォーハイドラとして戦える如月であれば。

破棄したメールの文面を咀嚼する。言葉の真意を読み取るためだ。主任。いや、如月が私に何を求めてメッセージを寄越したのか。
彼らは私をチーム如月の一員として、事実上、私をその範囲に含めている。如月ではなくなった私を。一体にならなかった私を。

彼らは、自分達のもとへ、私を呼んでいるのだろうか？
私も如月になるべきだと、言っているのか？

保証の無い誘いだ。
メールから得た情報が正しければ残像領域の霧はもうすぐ晴れる。残像領域そのものが失われるかもしれない。
そうなればハイドラ大隊の戦いも終わるばかりか、ミストエンジンすら稼働不可能になる。
霊障も失われるだろう。如月の機体に採用し、多くを同化させた生命素子も維持できなくなる。

彼らの意思はいずれ霧と共に消え、あとには鉄と肉の塊だけを残すだろう。
そうなったとき、墓を建ててやる人間がなくては寂しいというものだ。

メールへの返信はできないが、私の意思は決まっていた。
霊障にメッセージを運ばせることができれば良かったのだが。
そんな無意味な期待が頭に浮かぶ程度には、私も感傷的になれるらしい。
願わくば元仲間たちの行く先が安らかであることを。

チーム如月は『ハイドラライダー量産計画』のために集められ、かつて残像領域に存在していた研究機関。そしてその残滓です。

現在は人員も施設も事実上消滅し、機関の名前と、彼らが大隊に参加させていたウォーハイドラ1機を残すのみです。

如月を記憶している者は少なからずいるかもしれません。
しかし、この機関が存在していた事実は、遠からずして忘れ去られるでしょう。
今はまだ、如月は残像領域に繋ぎ止められています。
彼らの忘れ形見であり彼ら自身ともいえるこのウォーハイドラが壊れて朽ちるまでは、少なくとも戦闘実験を繰り返し続けるでしょう。