ENo.0683　オスカー・ヘンズレイ

Another day one～小さな幸せ

　通信ノイズの砂嵐が吹き荒れる隙間から味方の声が聞こえたりかき消されたりしていた。
何かを叫んでいるようだが全くわからない。大通りを挟んだ反対側にあるビルの屋上から
光の明滅を利用した信号通信の内容を読んで、出たのは舌打ちだった。

「ふざけんなクソがっ！民間人の避難は終了したって話だろうが！！」


　敵国に前線を押し上げられ、市街戦へともつれこむにあたって降伏か否かの勧告に対する返答期限は昨日だった。
勧告が発令されたのは一週間前……避難させるには充分な猶予があったはずなのに
あろうことかこの国は！自国民を人間の盾にして戦闘開始を遅らせようという魂胆だったんだ！


　そんな浅はかな策を弄したところで「この地区に民間人は居ないということになっている」と
存分に砲弾を撃ち込んできた。ココの市長だという男が戦闘の停止を懇願してきたが、
通信妨害で交渉もままならない上に苦肉の策で高速機に持たせた通信筒の返事は作戦行動の継続命令。
民間と本営の板ばさみになった大隊長が眉間に寄った皺を指で伸ばしつつ
「索敵行為」と苦しい言い訳しながら民間人の避難に戦力を割かざるを得ない状況に追い込まれていた。

　メインカメラの望遠機能が、避難する人々の行列をモニタに映し出していた。
……あの中にもしかしたら……意識にすっと差し込まれた誘惑を頭を振って追い払う。
目の前にいる相手に集中しないと、そうしなければその辺に転がってる瓦礫の仲間入りだ。
俺の役割は東側から突っ込んで敵のヘイトを集めることと通信を妨害している装置を見つけ次第破壊して回ること。
無意識に煙草を探してポケットへと伸ばしかけた手にもう一度舌打ちして、ヘルメットのバイザーを下ろした。







　「あー、芋掘っちまったなぁ……」

　ここに民間人は居ない。そう割り切って動くべきだった事は頭ではわかっていた。はずだった。
視界の端を横切った影が人であったのかそれともただの風に飛ばされた洗濯物だったのか……
今や広さが半分になったコクピット内は不思議と穏やかな静けさに包まれていた。
あの耳障りなノイズも聞こえない。今の自分が一体どういう状態なのかを確かめたかったが
手足がどこにあるのかわからなかった。


　目の前のメインモニタに、ぽとり　とどこからか一輪の小さな花が落ちてきた。
紫色で小さな……ああそうだ。この間道端でヘタクソな手品を披露していた冴えないマジシャンがいたんだ。
そいつが傍に置いていた人形に持たせて俺に手渡してきた花だ……。
適当にポケットに入れたか捨てたのか、気にもしていなかったのに……どこから出てきたんだろう
モニタに落ちた花を眺めながら、そういえばこの花はスミレという名だったことを思い出した。

　いつだったかエステルが、好きな花なのだと控えめに微笑んでいた……
買ってやった紫色のワンピースに機嫌を良くして、その場でくるりと回って裾を翻し
笑顔で手を振ってみせた……
　

　「……なんだミレナ、そこにいたんじゃないか……」