ENo.0248　アンリエット・ベネット

温い春風。霧の森に。夜は抱擁。断崖の花。嘘を偽り。
そしてまた春は回帰する。

Miss you more.

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さよならも言わずに行くのか、というのはいつか見た映画の中の台詞だ。もう二度と会えない相棒に向かって伝える言葉。彼はそれには何も言わなかった。そりゃそうだろ。だってもう。

さよならを言わなかったら別れじゃないのか。僕にはそれが美しいことには思えない。けれど、さよならを言われたら、僕たちはどうすれば良いのか。終わりを突きつけられることと、終わりを迎えていることを知らないことのどちらが幸せなんだろうか。でもそれを考えることはもう敗北に近い。

なにも変わらない朝。今まで永遠にも感じる日々を繰り返してきたのと同じ。コーヒー、深いカフェインの香り。静かな朝。近場の工場から聞こえる、霧をブーストしている油圧バルブの遠い振動。
そして僕はまたこれからもこの日常を繰り返す。時々、行きてゆくのに困らない程度にハイドラを駆り、ガレージに出て、たまにアクセスしてくるリヒトの相手をする。そうして、君を待つ。
リヒトといえば、やはりアイツのエージェンシーに登録したのは間違いだった（正しくは登録したのではなく勝手にされていたのであって、その意味では僕に非はない）。『ーー僚機に求めること、特になし』。これは僕のミスだったのかもしれない。そうすれば、僕を僚機に求める相手だっていなかっただろうに。

変わらぬ日常の中に、君が僕に残してくれたものは、僕のレディ……ミスユーモアの名前と、マリーゴールドの花。掴もうとすると僕を切り裂くもの。
古い器楽曲は、時々にキラキラしていて、時々に泣いていて、けれどハイドラと戦場の中で聞くときは水に沈むような心地がする。それも僕はどうやって知ったのだったろう。

眠れば朝は来る。この世界の隆盛も本質的にはあまり興味がない。けれど、霧がいつか、本当に……なくなるということがあるのなら、そのときだけは、僕はきっと今は考えないことにしている質問に向かい合うことになるだろう。
だから今はピリオドを打つ必要性も何も僕には必要なんてない。どこにもいかず、僕はここでまた回帰し続ける春を待つ。
どこにもいかない。どこにもいけないのだとしても。このカーテンとピッチャーと、お気に入りのフラワーベース、ローテクなウェイブセプター。僕のお気に入りたち。

ただ春を待っている。
さよならは言わない。
ただ、君がいなくてさみしい。（Miss You More.）

ガレージ街の片隅に立つ小さな店。

飴色のカウンターはいつ見ても閑古鳥、マスターも留守がち。
キープしたボトルで勝手に一杯。珈琲豆は自分で挽く。
そんな店だが、金銭のトラブルは意外に少ない。
が、酔漢たちの殴り合いは起きないでもない。

紅色の髪の少女がカウンターに陣取っている。