ENo.0015　Rix.C

経営元の撤退と自己都合により職を失ってから5年。
苗字の変わった私はずっと平穏な『表側』の生活に浸かっていた。適度に働いて、最小限食べて、過剰に寝る。身体を使う取引も暗殺もない、薄味にして幸福な世界。
退屈こそ感じはするが悪くはない。手が届かなかった分、憧れていたというのもあるのだろうか。
「このままずっとこうして……」
彼はよくそんなことを言っていた。私もほぼ同じことを望んでいた。
だが、始まりはいつも唐突にやってくる。

ある夜中、私は部屋のクローゼットから漏れる不自然な光に起こされた。ずっと前、まだ本社勤務だった時に見たものを思い出す。
またあの領域が、まだ私を呼ぶのか。

拒めば、あるいは無視すれば踏み外すこともないというのに、私は過去の社員証を片手にこっそりと家を抜け出していた。表であり続けたい彼とは対極に、私はまだ長年慣れ親しんだ裏の面を心の底で望んでいたのだ。
周囲の景観は変わっていたが、大して迷うこともなくかつての勤務場所へとたどり着いた。ずっと放置されていたためか壁はひび割れ、看板も落ちている。錆びた錠前を回して中に入ると、箱詰めされた在庫があちこちに散らばっていた。
中の状態を確認しながら散策を進め、ついにスタッフルームの最奥で目標を見つける。放棄された在庫の山に一つ剥き身でそれは残っていた。
全自動掃除機『Dalince=Orban』。あの時、ともに戦場を駆けまわっていた相棒。スイッチを入れるとランプが光り、4音の錆びついたメロディが空洞に跳ね返る。
――あぁ、お前もずっと待っていてくれたのか。
言い知れぬ喜びとともに私は闇へ駆け出して行った。行き先はもちろん、霧深いあの領域だ。