ENo.0048　アレクセイ・エルステッド

　《嚆矢を鳴らせ、狩人よ》
　《鉄の馬駆け、山を征け》
　《日暮れぬうちに、帰り着き》
　《讃える声を耳にせよ》

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　寒い。
　まず懐が寒い。あの煌めくおもてを持った鉄の塊に惚れ込んで、ほいほいと金を出したせいだ。良い買い物だったから後悔はない。だが金もない。
　次に、心が寒い。独り身の、拠り所のない男の道行きなんぞ、寂しいもんだ。ああ、故郷に帰りたい。家族同然の人々に囲まれて、暖かな寝床で微睡みたい。

そして。

　寒い。
　冷え切った体を温めようと、震える手で蒸留酒を呷る。さして温もりも得られずに、あっという間に空けてしまう。

　寒過ぎる。
　離脱症状は最悪だ。痛みを忘れるための薬のくせに、ヒトをこんな不愉快にさせやがる。視界は極彩色に明滅し、喉が渇いて気道が引きつる。頬を撫でる夜風すら苛立たしい。凍える寒さの中で、シャツに染みるほど汗をかいていた。

　しばらく、寝ぐらに向けて歩いていく。足は重く、全身が潰されるように痛む。
　暗い道の途中、小石に躓いて無様にも地面に転がった。現実味のある冷えた感触と酷い倦怠感に包まれて、体が眠りを求めていたことを知る。

　「レトログラード」の納品はもう少し先だし、今の俺は無一文。ここで少し寝こけたところで、失うものなんか何もない。
　俺は目を閉じて、どろりとした眠気に身を任せることにした。

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　ゆらゆらと意識が浮かび上がり、とぷんと沈む。
　寝て起きて、寝て起きて、また寝て起きて。断続的な睡眠の狭間に、周りを窺う。

　路地の冷たい硬さでなく、柔らかく暖かな……布団だ。そう、布団。俺のじゃない。いつもの薬臭い我が家と違う、清潔なにおい。真っ当にヒトを治すための薬品のにおいがする。

　ヒト、恐らくヒト。1人。視界の端に映り込んでいなければ気付けないほど、まるで生きていないように静かだ。何かを捕食して生きる奴の、生存本能みたいなもの。

　寝返りを打つ。次に目を開くと視点が変わっていた。奴は、やや離れた所に佇んでいる。黒い髪。砂漠を越えて来た人々に似た、薄橙の肌。歳の頃は分からない。俺よりは若いだろう。

　奴の背中越しに空が見えた。朝焼けの色。暖かな赤に、不健康な青紫の空が混ざり込んでいる。
　白夜の空みたいな、懐かしい色。それをちゃんと見たくて、体を起こそうとした。不思議と体の痛みはない。

　奴と目が合った。やはり、と言うべきか。大変目敏い。
　目も髪に近い暗色で、無表情に見える。そのくせ煌々とした明るい炎が、瞳の奥に揺らめいていた。
　変な奴。そんな顔してるくせに、行き倒れたハイドラライダーをわざわざ拾うなんて。

　ともかく、俺はこの妙な男の世話になったらしい。

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　これが俺たちの出会い。
　起こるべくして起きた、邂逅のひとつ。

　全ては必然だ。偶然なんてこと、ひとつだってありはしない。
　見えざるものの手によって、あらゆる事象は調和させられ、互いを支え立っているのだから。

私はネレティ。個体名は、チャトランガ-ディストリビューテッド・マニピュレート・システム・バイ・アーティフィシャル・ニューラル・インテリジェンス。
　ハイドラ「レトログラード」の自動制御システムにして、疑似人格を持つ人工知能です。
　護衛に潜入、ハイドラでの戦闘その他、アレクセイ・エルステッドへの仕事依頼はこちらまで。