ENo.0431　ナヴァーアートマ

絶え間なく続く銃撃戦。
その隙間を縫うように切り荒ぶ一陣の風。
幾度も『どこか』で見た光景だ。今更何の感慨も湧かない。
無様な残骸と化している機体は自陣のものか、或いは敵陣か。
……硝煙とオイル、そして血の臭い。
金属の重みと、機体越しにも伝わってくる衝撃。時には生々しい感覚もフレーバーとして加えられる。
あらゆる不快感が今日も俺を蝕んでいく。
ああ、出来ることならばこのまま───。

───思考にノイズが走る。
目を覚ませば、時計は8時を回っていた。
これでまともな景色を拝めれば、どれ程心安らいだだろう。
灰色の景色はもはや見慣れたものだ。
今日も明日も変わらず、霧に覆われた世界…残像領域。

俺がハイドラを操るようになってからそう時は経っていない。それ以前のことは覚えているものの方が珍しい。
…が、記憶は曖昧でもこの身体は覚えている。
俺が生粋の機体乗りであること。数多の戦場をこの身一つで渡り歩いてきたこと。
……多くのものを破壊し、人間を殺害してきたこと。
夢も誇りもない。ただその場を生き抜くための選択の日々。
強いられたのか、自らそうしたのかは分からない。
全く、そんなものは考えるだけ無駄だというのに。

シガレットに火を点ける。
煙が充満する前に窓を開け、作り出す紫煙を濃霧へと溶け込ませてやった。
せめてもの抵抗だ。消えてなくなりやがれ。

「…出撃前に飯でも食うかね」

ビタースウィート。
自らの口からポツリと漏れ出た言葉により、今日の朝食は決まった。
ピリリと引き締まるシガレットの香りを漂わせながら、食堂へと足を運ぶ。
この宿もまた多くの人物で賑わっているが…それもいつまで続くだろうか。
この中から一人、また一人と減っていくのは今日かもしれない。
そして…その中の一人は、俺になるかもしれない。
少し伸びた無精髭をなぞりながら

「モーニングセットC、ブラックで」

と、イメージ通りの品を注文した。
傍らには甘めのジャムも添えて

「……さぁ、糧を得る時間だ」

『きっと言い慣れていたであろう』挨拶を交わす。
───まだまだ俺が濃霧と付き合う日々は続きそうだ。