ENo.0044　ロウシャ・ゼイルストゥラ

　格納庫の隅。

　彼は道具箱の上に座っていた。背を丸め、首を擡げて……そうして、 愛機をぼんやりと見上げる。部屋にいてもすることがないような日は、わざわざ格納庫まで足を運び、多くの時間を機体とともに過ごしていた。

　「ずいぶん機嫌悪りぃじゃねぇか」

　ロウシャは唐突に口を開いた。誰かが来たわけではない。語りかける相手は目の前の機体、ネヴァンである。大きさは彼の身長の約8倍、13ｍの体躯。頭部パーツは座ったまま見上げるには高すぎる位置にある。

　機嫌が悪い――彼は機体の様子をそう評したが、ネヴァン自体は特に何を示したわけでもなかった。ただ、彼にだけわかる”機微”のような、もしくは”ただの妄想”のようなもの。周囲に誰もいない時にだけ、本当にあるかどうかもわからないネヴァンの機嫌に合わせて会話を試みる。

　「いつまでも仮のパーツのままでお前を稼働させようだなんて思ってねーよ。俺だって、お前に命預けてんだからな」

　もう少し待ってくれやしないか、とぼやく。もちろんながら、ネヴァンがそれに対して返事をすることはない。
　HCSの操作が為されないかぎり、ハイドラという大きな機械は沈黙を続けるものだ。それは出撃を待つ機体であれ、乗り手を持たない死蔵された機体であれ、同じこと。

　静寂の中、ロウシャはきまりが悪そうに視線を逸らした。……どうやら、”彼女”の機嫌がなかなか直らないらしい。

　「なあ、前回撃墜した敵の数、忘れちゃいねぇだろうな。俺だってお前のわがままに付き合ってんだ。そのあたりはお互い様だろ、違うのか？それともなんだ、まだ他に――」

　そこまで言って、はっとする。

　「あ！まさかお前、俺がまた操縦棺で吐いたから怒ってんのか！？」

　相も変わらずネヴァンは黙したままだった。それでもロウシャは何らかの確証を得たようだった。
　実は以前から頻繁に同じことを繰り返している。ハイドラ搭乗時に服用している体調不良を紛らわせるための薬は、効き目が強い代わりに長時間持たないのだ。そのためほとんどの場合、戦場から引き揚げてハイドラを降りるか否かといった頃に吐き気がピークに達する。

　「仕方ねェだろアレは！久々にあの速度まで出せ……痛てぇっ！」

　元より存在しないはずの文句に対する抗議は、彼が体を起こした拍子に、勢いよく壁に頭を打ち付けたことによって終了した。その音からしてもかなりいい調子でぶつけたらしく、頭を抱えて蹲る。

　……ロウシャが悶絶する様子を見てか、誰も触れていないはずのネヴァンは、微かに発光部に赤い光を灯して明滅させた。ほとんど見間違いかと目をこするようなものだったが、それは――

　「……なんだよ、笑ってんじゃねーよ。バーカ」


　――確かに笑っていたようでもあった。




　- vital signs -

T : 36.5
P : 62
R : 17
BP : 110 / 74

嘔吐2回、鼻血が1回。
どちらにせよいつものことなので、経過観察。

何らかの理由によりハイドラに縛りつけられたライダーが集まる。掃き溜めとも言う。
　
一部メンバーの素行不良により世間からの評判は芳しくない。

音楽専念。