ENo.0044　ロウシャ・ゼイルストゥラ

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　燃え盛る炎を見ていると、時折爺様の葬儀を思い出す。


　山の上での葬儀の方法は限られる。特に俺たちのように、季節によって住む場所を変える一族は、埋葬して墓を建てることができない。……建てたとして、同じ地に足を運ぶとは限らないからだ。それに、獣に荒らされる可能性もある。

　結局のところ、残される手段は火葬だ。家によっても違うらしいが、俺の家の――ゼイルストゥラの家では、三日三晩棺を燃やし続ける方法をとる。朝も、夜も、必ず家族がついてその火が途絶えないように見守る。
　そんなに時間をかけるのは、燃えたときの煙が山の頂を超えるまで、という意味であるらしい。山の頂のその先に、死んだ人間が往くべき場所があるのだそうだ。
　残された灰は一部を残して地に撒かれる。いつかそれが恵みをもたらすのだと。麓に降りてから、“肥料になる”という言い回しを知った。


　爺様は老いてからというもの、俺や妹に知識を与えることを楽しみとしていたようだった。森に棲む獣のこと、夜に見上げる星のこと、山で暮らす民のこと、そして、死ぬということ。
　婆様は俺が物心つくまえに亡くなっていた。爺様は、俺たち兄妹にとっては自分の終わりが初めての死になるということをずっと気にしていたのだと思う。


　終わりは穏やかな朝だった。

　母と父は、粛々と葬儀の準備を進めた。……多分、そうやってすぐに動けたのは、決心がついていたからだ。妹はずっとぼろぼろ泣いていた。俺は、現実感がなくなったようになって、ただぼうっと立ち尽くしていた。

　一人ずつ爺様の手を握ってから、棺の蓋を閉じる。幸い風の弱い日だったことを覚えている……灯された火は、ゆっくりと棺全体に回っていった。
　棺と、それを囲った薪が爆ぜる音がやけに耳につく。家畜たちも不思議と静かにそれを見守っていた。不思議な光景だった。誰も、何も話さなかった。……妹はまだ泣いていた。


　夕方過ぎ、朝からつきっきりだった父と母に代わって、俺と妹が火の番をした。半日以上燃やし続けた棺はとうに焼け落ちていたが、それでもあと2日はその火を絶やすわけにはいかない。何度も細かく割った薪を継ぎ足しながら、勢いが弱まらないように管理し続ける。俺が薪を割っている間も、妹は泣きはらした目でじっと火を見ていた。


　「お兄ちゃん、どうして泣かないの？」

　手持無沙汰になって弓の手入れをしていた頃、不意に妹に声をかけられた。

　「わかんない。泣く気分じゃない」
　「爺様、もう会えないのに？」
　「それはそうだけど……でも、わかってたことだろ」

　爺様の話を聞いてなかったのか、と返すと、また思い出したかのように鼻をすすり始めた。妹は昔からつくづく涙もろい。喧嘩しても、転んでも、次に何かする前にはもう泣いているような人間だった。

　「お前、よくそんなに泣けるよな……」

　「じゃあさ、お父さんとか、お母さんとか……わたしが死んでも、お兄ちゃん泣かない？」
　「……わかんない」

　言った後に少し考えてみても、やっぱりわからなかった。例えば父や母が、爺様のように死期を悟っていたらどうだろうか。それとも、突然亡くなりでもしたら、それは途方に暮れて泣くのでないだろうか？……どうあがいても、想像がつかなかった。

　「お兄ちゃんいっつもそう。すぐわかんないっていう」

　妹は怒っているのか泣いているのかというほど紅潮させた頬を膨らませて言う。これも常套手段だ。いつもならここで“ふくれっ面するな、ガキじゃないんだから”と言うところだったが、それで喧嘩しなかったことがない。……さすがに、言う気分ではなかった。

　「じゃあ俺が死んだらどうする？お前、泣く以外になんかできるか？」
　「わたし、お兄ちゃん死んでも絶対泣かない」
　「嘘つけ、ベソかきながら言うな」

　積もった灰の上に、慎重に新しい薪を投げ入れる。棺……のあったであろう場所にぶつけないように。燃え続ける火にも慣れて来たのか、その頃には虫や鳥の声も戻ってきていた。静寂というには、賑やかな夜になってしまっていた。

　聞こえるか聞こえないかの声で、妹がつぶやく。

　「お兄ちゃん、死なないでね」
　「お前みたいな奴残して死ぬのは不安だから、死なない。というか、死ねない」
　「……そっか。よかったあ」

　妹は、心底安堵した表情で笑った。



　――俺が病に罹ったのは、その何年か後の話になる。

何らかの理由によりハイドラに縛りつけられたライダーが集まる。掃き溜めとも言う。
　
一部メンバーの素行不良により世間からの評判は芳しくない。

音楽専念。