ENo.0064　タカムラ＝カミツ

act.09
　ずいぶんと疲れた気がする。
　遠く、飛び去った姿はすでに霧に包まれて見えなくなっていた。また戦場で会うのだ、それもきっとすぐの話。ゆっくりと緑の目を瞬いて、ふうっと閉じる。がんがんと鳴り響いていた頭痛は少しずつだが静かになっていったのがわかる。
　それと同時に周囲を支配するのは耳に痛いほどの静寂だ。先程とは質の違う耳鳴りが静かに耳の奥でする。それを不快と思えないまま、ただただどっと疲れた身体を冷たい＜ザイカ＞の身体に預けていた。ひんやりとした感触が気持ちよくもあり、そこにいないと自分の中にある何かに飲み込まれそうでもあった。
　＜ザイカ＞。
　――罪過、とは。ずいぶんと酷い名前を付けたものだと自嘲気味に笑う。とはいえ、今更別の名で呼ぶ気にはなれないのもまた真実だった。
　彼女に対しての罪。
　己に対しての罪。
　果てることのない、自らに課せられた深い深い罪悪感。
『……待ってるよ、タカムラ。聞くのがボクなんかでよければ、だけどね』
　篁の懇願のような声に穏やかに言葉を重ねた彼が、そのすぐ前の行動は、篁の心にがんじがらめに架せられた鎖をほんの少し、緩めたに過ぎない。篁から見て『乗れるもの』……『操縦できるもの』だろうか。ともあれ、ここであればハイドラに対して異常なまでの執着を持つ彼が『篁に対して』興味を持ったがゆえに緩められた、鎖。
　そのがんじがらめの鎖に刺さったナイフが、ほんの少しだけ絡まった塊を解いた。
　さび付いた鎖はずいぶんともろかったのかもしれない。それとも、本当は解放されたいと願っていたのか。篁自身のこととはいえ、今更それを追求する気にもなれないし、それをやったところで自己解釈などできるわけもない。深すぎる罪悪感故に妄想を作り出し、それに身を浸らせることで生きようとしていたのは紛れもない事実だ。
　ここにアイツがいたのなら、荒療治だと拗ねるだろうか。
（……あいつ？）
　まだ記憶の底から帰ってこない場所に存在する誰かをふと、思い出して。
　さっきもそうだった。赤茶色の髪。存外低い位置から、篁の頭を撫でる思った以上に大きくて骨ばった掌。まだ、まだ思い出していない部分がたくさんあるのだ。
　ここは、篁の本来の居場所ではない。……それだけはわかっていた。
（友人と呼んだら、笑われるだろうか）
　先ほどまで話していた彼らを思い、ふと口元に笑みを浮かべる。とはいえ、僚機として隣に立っているのだから仲間としては認めてくれるだろうか、などと。まるで幼い子供のような考えだ。
　もう少しだけ、時間が欲しかった。
　言葉にするには勇気がいる。自分が手を下したわけでなくとも、彼女を殺したというその事実を誰かに話すのは恐ろしかった。あれは篁にとっての罪であり後悔だ。そうして、心に深く深く刻まれた傷という事実。それを公言したのは、後にも先にも一度きり。そう、一度きりだ。
　その一度を、まだ思い出せずにいるのだけれど。
（ああ、でも）
『今、君を赦せるのは ――』
　言葉を思い出す。
　ふと、思うのだ。彼はどうして、篁に対してそんなことを言ったのだろう？　妄想に沈んだ男など、放っておけばいいのだ。彼の相棒が騒いでいた言葉を記憶の端から思い出してひどく簡単に極論で意訳すれば『戦う分には問題がない』のだから。それなのに、彼は踏み込んできた。興味の対象。それだけかもしれない。だが、それだけとも思えなかった。
　……だがおそらく、考えても答えは出ない。もしそこに理由があったとして、触れることのできない場所だ。そうして、篁が触れていい場所でもない。篁にはその資格はないだろうし、そもそも篁のこの思考が正しいかどうかという確証もない。開きかけた疑問に、そっと蓋をした。
（……）
　深く深く、吐息を落とす。静寂が耳に痛い。それでも、そのまま動く気になれなかった。
　ぎりぎりと胸を締め付ける罪悪感はいまだに変わらない。
　変わったとすれば。
「……＜ザイカ＞」
　声をかける。冷たい機体に向けて。瞳を開き、その姿を見つめた。
「俺はまだ死ぬわけにいかないんだ」
　寄りかかっていた身体を起こし、膝立ちのまま灰銀の機体に額を触れさせて、目を閉じる。それはまるで祈りのようでもあって、篁は目を伏せたままただ苦く笑った。
　祈ることなど、あの日にもう止めたと思っていたのに。脳裏にちらつく少女の影に表情を歪め、緩く首を振った。

　――声はもう、聞こえない。

残像領域のとある町の、ひっそりとした町はずれの倉庫街。
ひとりになりたいハイドラ乗りたちがいたり、いなかったり。


------

と、いう設定のユニオンです。
ソロールするもよし、のんびりするもよし。
とりあえず制御と格闘の活動をよこせと言うのでも良し。
そんな適当ユニオン。

【制御3＋格闘2】【機動力＋3％】