ENo.0038　『至極の悪夢』ハンブルグ・ダーウェン

20週目。
あの飛ぶエビ見てえな奴に悉く当てられなかったがために、随分なポンコツ収入になっちまった。失意のまま帰ったら、アメジスタには心配されてさっさと寝かせられそうになったし、まったく散々だ。あの霧であの速度じゃ、『アメジスタ』の性能には遠く及ばんこのハイドラではどうにもならん。
…だが。確かに、衰えているのだろう。昔、まだ『アメジスタ』にさえ乗っていなかった駆け出しの頃。大金星を挙げたあの頃なら、100%命中させていただろう。その自信が、若い自分にはあった。
歳をとった。ここに来てから、よくそう思うようになった。…敗戦のあの日から止まっていた、自分の時間が動き出したのかもしれない。

----ハンブルグ・ダーウェン『残像記』より






※※※




「コロッセオ！！？」
『ええ。例の放電コイルを試すなら、あそこが最適でしょう』

管制AIの提案に、ダーウェンは固まるしかなかった。
コロッセオ。担ぐ正義も、背負う何かもなく、ただひたすらに闘いだけを求める場。…それは、ダーウェンにとってはあまり行きたい場所ではなかった。

「…俺は、あまり好かん。あそこに、俺の闘う理由はねえんだ。背負うものも、何もかも」
『…だろうとは思います。ですが、放電コイルを試すのに今のミッションは些か脆い。真の力を出す前に殆どが終わってしまう。それでは、この火器のポテンシャルは見えてこないでしょう』
「変わったな、お前。昔はAIのくせに、イヤイヤ戦闘してたのが」
『そうだと思ってました。けど、今の私は…強い貴方が見たいみたいです。今回みたいにショボくれた貴方は、可愛げはありますけどちょっと違いますね、やっぱり』
「………可愛げは要らねえ」
『私にとって、貴方は英雄ですから。…ワガママなのは分かってます』
「……分かった。俺は構わん。だが、アイツはどうする？」

アイツ。今の僚機であるアユーの事だ。

『いい機会じゃないですか？そろそろ修羅場を見てもらうには』
「バイオスフェアが修羅場でなかった見てえな言い方はやめろ。アイツもあれが初陣とか十分苦労してんだろうに」
『修羅場でしたっけ？』
「…こいつ、中身変わってねえかマジで」
『神に誓ってあり得ない、と言っておきます。…でも、あれは死線を彷徨った訳でも無いですし。人を一次元強くするのは、一寸先が死の熾烈な戦い。貴方もそうして悪夢になったはずです』
「…強くなっては欲しいが、わざわざ死に近づく事もねえだろうによ」
『大丈夫です、離脱オプションは彼女にも貴方にもつけておきますから』
「……分かった。今回だけだぞ？今回だけ」
『では、コロッセオで次回の出撃提出しておきますね』
「返事しやがれ。…まあ、その通りに頼む」

ため息をつきながら、操縦棺に身体を預ける。…あまり行きたくはない。
自分は戦いのための戦いが嫌いだ。無闇に命を取りたい訳じゃない。『そうだと認識してきた』。
…自分の奥に潜む、凶暴な獣を見ないふりをして。

戦いが愉しいと感じる自分を、正面から見たくは無かったのだ。家族もたくさん喪ったというのに、尚も争いを求める自分が、たまらなく嫌なのだ。…けれど、正面から見なければならない時なのかもしれない。

(…年貢の納め時、かねえ)

Cadenas射撃部になりました。