ENo.0281　アビダン

誰かに揺さぶられたような心地がして、アビダンはゆっくりと目を開いた。しかし辺りには誰もいない。当然だ。操縦棺は閉じられているのだから。そしてその内側は、気温、湿度、ともにアビダンの一番快適な状態に保たれている。瞬きする。とても暗い。けれども瞬きごとに少しずつ焦点が結ばれてゆき、やがてわずかの光源——計器とモニタの緑色のシグナル、低出力状態の——が、はっきりと見て取れるようになる。再び目を閉じる。耳を澄まさなければ聞き取れないようなごく低い振動の音が、定期的なリズムを刻み続けている。それに重なるようにして、自身の心臓が脈打っている。目を開ける。しばらくぼんやりと虚空を眺める。身体が触れたあらゆる箇所から、圧迫された血管の、その脈拍が響いてくる。寝返りを打つ。赤子のように身を縮め、三たび目を閉じて欠伸をする。深く吐き出される息。どくん。どくん。どくん。低く脈打つ音。どくん。どくん。どくん……。明度、温度、湿度、匂い、感触、すべてひどく居心地が良かった。ここには何の不安もない。アビダンは再び眠りにおちる。どくん。どくん。どくん。アビダンの身体を血が巡り続けるように、ハイドラの中をミストが巡り続けている音がする。どくん。どくん。どくん……。

（どくん。）