ENo.0328　"Canary"

「このたびはこちらの手違いでご迷惑をおかけしております。
　クリーニングが終わり次第、お部屋にお届けしますが、
　ご指定の時間には難しく……大変申し訳ございません」

「仕方ない、わかりました。車を一台、お願いします」

「かしこまりました」

ホテル室内の内線電話を切り、ため息をひとつ。
手違い一つで散々な目に遭う――痛いほど学んだ一週間になった。

前回のミッションは、パーツ作製のために注文した素材が誤って破棄され、
オルハに作ってもらった脚部パーツを失い、不完全なまま出撃しなくてはならなかった。
無事に帰還できたのは本当に幸運だった。あの姿の"Canary"では死んでも死にきれない。

そして今日は、頼んだはずのクリーニングが放置され、
ただでさえ少なかった着られる服がなくなり、
かつてアデラから贈られた服を着る羽目になっている。

もしあのまま、彼女たちの庇護下にいたのなら、
こんなトラブルに見舞われることはなかったかもしれない。
意図はどうあれ、確かにわたしは守られていた。

それでも後悔はない。あそこはわたしの家ではないのだ。

トランクの奥にあった白のワンピースドレスに袖を通しながら、
なんとかオルハへの謝罪の言葉を考えようとするものの、
どの言葉も上滑りしてまったく定まらない。
約束の時間まで猶予はないのに、焦りばかりが募ってゆく。

着替え終わって椅子に腰掛けたところで、机の上の新聞が目に入る。
注目のライダー、コロッセオ特集……最近は特に、例の広報の仕事か、
そういった見出しのメディアがよく目につくようになった。
手にとって軽く眺めてみると、やはりトップランカーたちの扱いが大きいようだ。
ハイドラとは関係ないようなプライベートなことまで書かれている。
その真偽のほどは怪しいものだろうが、興味を引くことが大事なのだろう。

ページをめくると見慣れた"Canary"の姿、そしてわたし自身の写真があった。
小さい画像だが、あの場所で受けた取材の時のものだろう。
一緒にいたアデラと大型ハイドラの姿は確認できなかったが、当然といえば当然だ。

――ここに戻った以前のことは記憶にありません。これからのことを考えるだけです。

書かれている台詞は、覚えている範囲で自分が言ったものとそう違わない。
けれどこれが真実でないことは、彼女にはもう伝わっている。
あれ以来連絡もないので、あの質問への回答は宙に浮いたままだ。
とはいえ、実際に改めて問われたら――

再び電話が鳴る。結局どの問いに対しても、最善の答えを見出せぬままの自分がいる。

――使ってみた感想とか教えてくれな！　また参考になるしさ。

オルハの屈託のない笑顔が目に浮かぶ。
一呼吸おいてから、受話器に手を伸ばした。

たとえば、帰り道を見失った山中の崖から。
あるいは、あたたかなベッドで不思議な夢を見ながら。
もしくは、道路を走るトラックの前から。

自身が望むと望まざるとにかかわらず、
残存領域に入り込んでしまった子供たち。

彼らのほとんどは身寄りもなく、
何の後ろ盾もないまま霧深い戦場を彷徨う。

彼らが還る場所はもう、霧の中にしかない。