ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『お前は夢を見るか？　お前は夢を叶えるか？　お前が夢じゃないのか？』。
『何言ってやがる。俺は夢幻（ファンタジー）じゃねえ。俺の機体素材がそうであってもだ。
　俺はここにいる、証明出来ないはずがない。叶えた夢は既に維持している』。
『そうかい。俺も俺が夢じゃねえと信じてえ。この世界が、お前や俺が“誰かの夢”じゃないことを祈る』。





『――――なンて夢を見てよ』。
『頭痛が痛いみたいな話だな』。
『最近めっきり夢なンざ見なかったから妙な気分だぜ』。
『いや、人間は“夢を必ず見る”。そういう風にできてるのさ。
　だからお前が見ていないと思っている夢も、単純に覚えていないだけの話ってこと』。
『はあ』。


『ところで、例の女――女ども、って直したほうがいいか。その通信履歴だな。
　ひょっとしてお前はあれに影響されて、へんてこな夢でも見たのかもしれないが置いとこう』。

『……この世界が、技術が、過去にすがり未来を繋いでいるということ。
　外の世界の人間が一様に“この世界は霧に包まれている”と形容すること。
　混線する通信や、あるいは三文以下の情報。どいつもこいつも』。

『霧が何のためにあるのか』。

『棺桶から解き放たれ、晴れた世界となり、禁忌や夢が潰える時』。

『お前もまた露となり消える。夜の帳は上がり、日はまた昇る』。

『え』。

『“““世界は永遠に変容している”””』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。

『え？』。
『は？』。

　男たちは一度、頭を冷やすなどという名目で先週は解散していた。今は元の鞘に収まっている。
　有り金をたっぷりと失ったことによる深い落胆を抱えた男と、小金を得たものの腑に落ちない気分の男。
　たまには休肝日と称して――といってもどうせ酒場に来ないだけで家で飲むが――それぞれ別の形で自由気ままに過ごしていた。それがもう一つの理由。

　ところで、棺桶乗りは暫く夢見が悪かったらしい。
　情報屋の男は現在進行形で現実という悪夢を見ていたが。

『いや、頼んだネタはどうしたって話よ。ログは全部送信したぜ？　何か抜け落ちあったか？』。
『そうじゃない、今寝てたろお前。“意味深なことばっか言っているが薄ら理解は出来る”って結論は出したって今言った』。
『ふわっとしてンなよ。企業連中がオカンムリなら、カルマ的な棺桶が出て来るンだろ。そっちの情報ならもっときっちり出せるだろ』。

　苛立ちを指先に乗せてカウンターを叩く音。
　一週間不在にしたところで、おくびも変わらない喧騒の最中に凛と響いた。
　一方的なログ、バグじみたログ、どれもこれもが不可思議である。

　しかしこれらが全く無意味という所以はないのだろう。
　情報屋の得心した首肯きを以て、男もまた漫然と首肯き返した。
　これらの言葉に、根拠がないと断定できない。理解の及ばぬ域もあるが、世界が霧という大きな不可思議によって成り立っている以上は。

『おいおい、んなブツ探りに行ったら今度こそ俺の首がなくなるぜ』。
『あーそうでしたねー、そのための“一時解散”でもありましたネー』。

　霧そのものの力について究明し続ける者は居る。恐らくその答えを知っているのが例の女たちだとして。
　では自分たちが熟考してどうするか？　と問われても、来る猛威に備えるためだ。
　もしくは情報を金にする。

　変わりない日常を、恙無く行うために。