ENo.0534　ジル・スチュアート

・・・

「……ここ、かな」

手にした端末に目的地が表示される。
その位置は、自分の現在地と同じ場所を示していた。
霧の濃い日は溶け込んでしまいそうな、白を基調とした建物。
自分の件ではないが……少女は、病院へと足を運んでいた。

受付へと足を運んで、係員にハイドラライダーのライセンスを提示する。
それは、会いにきた患者と同じ、ハイドラ大隊に所属していることの証。

「すいません。あの、これ……。それで、マヒロさんの部屋は……」

係員から部屋の番号と位置を聞くと、走らぬように、しかし気持ち急ぎ足で歩き出した。
状態が状態なだけに、なるべく安静にできるようにと、やや奥に配置された部屋だったからだ。

自分たちがどういう仕事をしているかは知っている。
こういったことが、恐らく、日常的におきていることも。
ただ、そうだとしても……自分の見知った人間がこういう目にあったとすれば、話は別だ。

足取りとは反対に、ゆっくりと病室の扉を開ける。

白を基調とした清潔感を感じさせる壁と、圧迫感は感じないが、広すぎないほどの個室。
その一角に置かれた、見たこともない機材が周囲にあるベッドの上で、その相手は静かに眠っていた。

そばにあった棚に、お見舞いの品としてもってきた少量の果物を置いて
ベッドの上で横になる金髪の青年を、そばにあった椅子に座り見つめる。

「……具合はどうですか？　痛いところとか、ありませんか？」

声が届かないことくらいは、少女も知っていた。
大きな外傷は見受けらないのに、意識は戻らず、その理由も不明。
誰もが、祈るしかなかった。

そっと、かぶせられた布団の中に手を入れて、両手でマヒロの手を包む。

「……海に連れて行ってあげる約束をした人も、一緒に、お酒を飲みたいと思ってる人も……
　ううん、それだけじゃない。　きっと、親しい方、みんな……マヒロさんの帰りを、待っています」

「……もちろん、私も」

少しだけ、照れたような表情をして。

「だから――」

マヒロの手を包んだ両手に、少しだけ、力が入る。

「――ぜったい、帰ってきてくださいね……。やくそく、しましたから」

普段は気にならないような、時計の針が進む音すらもが部屋に響く静けさの中で
祈るように少し俯いたまま、ゆっくりと時間が過ぎる。

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どれくらいそうしていたかわからない。
その沈黙を破ったのは、少女の声だった。

「……そうだ」

俯いていた顔を、再び上げて。
声の届かない相手に向かって、再び話始める。

「やってみたいこと、ひとつ見つかりました」

「私、料理が出来るようになりたいです。父さんと母さんが生きていたときは、少し手伝ったりしてたので……
　本当に、簡単なものなら、少しくらいは出来るんですけど……」

「だから、この戦いが落ち着いたら……もっと練習して、マヒロさんにも何か、ご馳走してあげます！」

「……楽しみにしててくださいね」

言い終えると、手を離して立ち上がった。
眠るマヒロに笑顔を向けてから、扉へと向かう。

「……またです、マヒロさん」

扉の前で振り返り、一言告げてから、病室を後にした。
静かに扉を閉めると、ゆっくりと扉にもたれ掛り、荒く息をつく。

「……だいじょうぶ、まだ」

自身の胸に手を当てながら、目を閉じて大きく深呼吸をし、呼吸を整える。

そうして再び目を開けた少女の顔は、もう笑顔ではなく。
壁に手を当て伝いながらも、力強い瞳で、ただ前だけを見据えていた。


・・・


……結局、守るだのなんだの言っても
同じ戦場でなければ、何もできなくて

仮に、その人の命は守られたとしても
その人は……その人の、笑顔までは
守れる保証なんて、なかった。

きっと、マヒロさんの僚機の人も、今のマヒロさんの状態を見て、辛い思いをしていると思う。
僚機の人だけじゃない……親しい人、きっと、みんな。

逆に……その人たちが同じようなことになったら……
きっと……同じように辛い思いをして、かなしいはずだ。

人は、つながっている。
誰と誰とが、どこまでか、なんて、そんなものはわからないくらい。

それなら――――

――それでも、私に出来ることは、私にやれることは、ただ、ひとつ。

今までと、変わることはない。

何もかも、失わないために

……ちら、と。　次のミッションのメンバーに目を向けて

「まもってみせる。わたしの―――」

――たいせつなひとたちが、笑顔であるためのすべてを


明日を、笑顔で迎えられるように。


・・・


――気づけば、”わたし”は”そこ”に居た

――彼女の思いと意志が、戦いのたびに流れ込み
　　呼び声とともに、わたしは、自分が在ることに気付いた

――なぜ、わたしというものが生まれたのか、いまのわたしにはわからない

――しかし、わたしが成すべきことは、わかっている

――”最期”が訪れたとき、わたしは……

・・・

いつからか、不用品と必要品は分けられ
きれいに整理がなされている。

それは、この迷霧の中で
少女は少女なりの答えを見つけたのだという、証。

・・・