ENo.0316　リビー・ニエロ

　
「リビー、ミッションのことなんだけれど」
「ん、どうした」
「次もバルーナスの依頼を受けたい」

打ち合わせの最中、リオが硬い表情で切り出してきた。

（バルーナスの依頼……銃殺刑阻止作戦。企業連盟中枢関係者の処刑を妨害、受刑者を救出……）

無言でミッションリストを確認したリビーは、ゆっくりと煙草を咥え直す。

「確かに、禁忌は避けられるが……これは今までのとちょいと様子が違うぞ」
「分かってる。禁忌とは別の意味で危ない橋だ」

逆にリオは少し口調が早い。緊張したような、気負っているような。表情も硬い。

「だからあなたに相談をしたい。おれの個人的な理由もある」
「……言ってみろ」

リオの『個人的な理由』とやらに当たりをつけたリビーは、咥え直した煙草を軽く振ってから深く吸い、緩く吐いた。吐く息が紫煙のせい以外でも白くなる。寒さは依然として厳しいままだ。

「おれがこの体になったのは、父の失脚に巻き込まれたからだ。彼がしたことは許されることじゃないし、おれ達を養うためでもあった。だから父が罰を受けて、跡取りのおれも一緒に裁かれるのはまだ分かる。でも……何も知らない妹達までも裁かれて酷い仕打ちを受けたのは、どうしても納得できなかった」

過去、『リオ』は父親の政治的失脚により、今のリオになった。経緯そのものは以前簡単に説明を受けていたが、リオ自身がどう思っているか、というのを詳しく聞くのは初めてだ。口を挟まず、視線で先を促す。

「企業連盟のニュースを見て、バルーナスからのメッセージを聞いて、『おれ達と同じだ』と思った。甘い汁を吸っていた連中だけが罰を受けるのなら自業自得で、仕方がないことだ。でも、ただ彼らに近い位置にいただけの人々まで、同じように『連帯責任』で処刑されようとしている」

そこまで言うと、リオはきつく目を瞑り、黙った。
先日の夢は『記憶』だったと聞く。そこにきて、バルーナスからの通信と、ミッション依頼だ。処刑や連帯責任といった情景は、ことさら生々しく感じられたとしても仕方がない。
リオが深い呼吸で己を落ち着かせたらしく、意志——決意の見える様子で、おもむろに口を開いた。

「だから、バルーナスが彼らを助けたいというのなら、おれは……手伝ってやりたいと、思ってしまったんだ」

助けたい。
手伝ってやりたい。

それは、きっと、リオが『リオ』だった頃の、嘆きであり、悲しみであり、怒りだ。
リオは言葉にしないが、助けてほしかった、妹たちだけでも——無実のものたちだけでも助けてやりたかった、助けの手がほしかった……。
そんな気持ちのやり場が、今回のバルーナスの依頼であり、そこにいる人々に思いが注がれている。

「さっきも言ったけれど、このミッションは禁忌とは別の意味で危険だ。敵を増やすことになる。あなたが『危険だ』と言うのなら別のミッションを選ぶ。……でも、もしもあなたが『選んでもいい』と言ってくれるのなら、おれはあなたを全力で守る」

若さと稚さの残る顔が引き締まり、紫のカメラアイが真っ直ぐにリビーを見た。

「……どうだろうか？」

黙って返答を待つ緊張した面を見ながら、リビーが口元に手をやる。だが結局、思案したのは一瞬だった。短くなった煙草を灰皿にねじ込みつ軽く頷く。

「……いいぞ。それじゃあ、ミッションはCで受理しておく」
「……ありがとう、リビー」

ほっとしたように体の力を抜くリオに、気にするなというように首を振り、

「礼はいらん。俺にとって、最近のミッションは敵機の編成以外それほどこだわる部分がねえから、つまり、差異がない。僚機から希望があれば、それを通すのに問題ない程度には、な。……ただし」

そこで一度言葉を切り、じっとリオを見据える。
リビーの青い目が戦闘中のような鋭さを湛え、にやつき歪んでいることが多い口元が引き結ばれる。

「……お前が危険を冒すのを許諾したわけじゃない、ってことは、忘れてくれるな」

低い掠れ声でしっかりと告げると、今度はこちらから努めて力を抜くように肩をすくめ、

「それと……あまり、重ね過ぎるなよ」
「……え？」

不思議そうな顔をするリオに自覚はないのだろう。
しかしそれこそがリビーの危惧だ。必要以上の感情移入は、リオの身を危険にさらす。リビーにとって、重要なのはリオであり、企業連盟などではない。

「お前が、全てを同一視するほど馬鹿じゃないってことは分かってる。……その上で似た状況に抗うことが、お前自身にとってプラスになる可能性も、認める」

彼の『記憶』を思えば、おそらくこれらの事件を放っておく方が精神に負担をかけるだろう。無事にミッションを成功すれば、なんらかの感情的な一歩を——正の方向性を持つ一歩を——歩める可能性も大いにある。
しかし、それでも、

「……それでも、奴らとお前たちは、違うんだ。忘れるな」
「あ、ああ、わかった。……気をつける」


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リオとの打ち合わせを終え、ひとりと一機になったガレージ内は静かで寒い。
リビーが、話し合いのあいだ脇の方に押しやっていたノート型端末を開くと、パネル画面がパッと光を取り戻した。幾つもの窓が浮かぶ。羅列されているのは黒金乱眼のデータ類だ。
大量のそれらをしばし見つめた後、リビーはおもむろに端末に覆いかぶさると、凄まじい勢いで両手を動かし始めた。キーを操作して入力と試行。それを何度も何度も繰り返す。雨垂れにも似た軽い打鍵音だけが静かな空間を漂う。——しかし、やはり不明瞭な部分はない。
リビーはため息とともに手を止めて、背をぐっと伸ばした。手探りで煙草を咥え、唸る。

「……おかしな所がないのは確かなんだ……」

そう。おかしな所も、不調も、何もない。
リビーの青い目が、そばに鎮座する黒金乱眼に向けられた。
黒金乱眼はいつも通り、鈍色の機体を静かに煌めかせるだけだ。
とんとん、とリビーの指先がパネルを叩く。

「……しかし、ここがなあ、ちょいと気になるが……って、おい、お前……ッ」

青い目が、驚きに見開かれた。
ぱぱぱ、と片手が動き、気づいた部分のデータログを可能な階層まで開示する。
——特定特技兵パイロットでないと開示できない階層まで。

「お前……」

呆然としたリビーの唇から、火をつけることを忘れていた煙草がぽろりと落ちた。

　

　
リビーが『黒金乱眼』を置いている格納ガレージ。
薄暗いガレージの隅には古いマットレスと毛布、多少の荷物が無造作に転がっており、ここで寝起きしているようだ。
　
　
ガレージの中央に鎮座するのは『黒金乱眼』。
機体が置いてある部分はきちんと照明や整備機器、および簡易のテーブルと椅子があるが、それ以外はがらんとしていて薄暗い。
　
　
　
【ユニオン基本】
・格闘上げ＋ロールプレイ舞台。
　情景描写のお供にどうぞ。
　
・参加希望の場合はENo.316までメッセージをいただければ次回更新時に随時許可宣言予定。
　（メッセージ内の最後に【希望】と入れてくださると分かりやすくて助かります）
　未参加のまま、情景を利用したメッセージのみのやりとりも可。
　
【ユニオン活動】
・格闘
　
【ユニオン購入】
・機動力+3%
・経験値+1