ENo.0055　バルトロイ・クルーガー

機体のエンジンをかける。機体全体が大きく震え、そして微弱な振動へと切り替わる。狭い空間に響く僅かな水音と、肌を僅かに震わせる振動に多くのライダーは安堵感すら得るという。
そして、久々の感覚に安堵している自分はやはりライダーなのだと思い知る。操縦レバーを握り締め、目を閉じて身を委ねると自分はハイドラのパーツのひとつであると、そう感じるのだ。

『バルト、聞こえる？』

通信機から聞こえる声にバルトはゆっくりと目を開けた。

「ああ、リタ、聞こえるぜ。問題ナシだ」

バルトはこれから戦場へと向かう。北に現れた遺跡調査を手伝うためだ。多くの企業が機体を、パーツを用意して多くのライダーを引き込んでおり、彼もまたそれに乗っかったのだ。
企業が用意したハイドラの最終調整を終え、動作チェックを行う段階まできている。この通信チェックで、それも終わるところだった。

『……バルト』
「なんだよ？」

通信音声でも、その先にいるリタの顔が浮かない顔をしてるだろう事が伝わってきてバルトは眉を寄せた。

『……その、ダイスさんの事なんだけど』

ダイス――バルトの僚機であり、その生涯を共にすると誓った女性。当然今回も、僚機としてバルトと共に戦場へと向かう。

「アイツは、まだスネてんのか？」
『スネてるって、そんな言い方……しょうがないのよ。私だって未だになんだか変な感じがするもの』
「まあ、それが普通だ。オレだって、そうなんだからよ」

こんなことになるとは思わなかった。バルトの今の状況としてはその一言に尽きる。どこで間違ったのか、なんの因果が絡み合ったのかそれはわからない。

『……ダイスさんの事、お願いね』
「わかってるよ。仲間は守る……当然の事だろ？」
『うん……気を付けて』

リタの一言を最後に通信が切れる。出発の時間を迎え、ガレージのシャッターが開いていく。
バルトはひとつ深呼吸をして、操縦レバーを倒す。ゆっくりと進み始めるハイドラの鼓動を感じながら、思考は徐々に戦場の事だけが満たされていく。
これから聞こえるだろう、鋼鉄の咆哮を想像すれば身が震える。

もう走ることはないと思っていた戦場が、そこにある。今のバルトにはそれだけで十分だった。

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