ENo.0117　ワジオン・ブラン

　
《残像領域》でハイドラと呼ばれる機体は、たとえ雨ざらしにしていても、早晩どうにかなるような柔なものでは無い。……無論、霊障という特殊な雨に洗われて全てに異常をきたしてしまうことが、過去にはあったとしても。
普通の雨や風であれば、ちょっとやそっとではビクともしないものだ。
だが、だからと言って皆が皆ハイドラを剥き出しで置いているかといえば、そんなことは無い。『貸しガレージ業』が生業として成り立っているのを見れば明らかだ。
貸しガレージのオフィスを幾つか回って手に入れた物件のデータを睨みながら、リビーが唸った。

「だから、ユージン、あんたはガレージで寝泊まりなんかしなくていい」

防音設備が売りの、とあるホテルの一室。
四人の男が顔を突き合わせて何事かを相談中だった。
一人は今唸り声をあげた、荒れた金髪に目つきの悪い三白眼がぎらぎらと青い、小柄な男、リビー。

「おやおや、仲間はずれですか？」

もう一人はリビーがら睨みつけられながら些かも堪えた様子なく微笑む、ユージン。
痩せて背の高い男だ。長い白髪が肩から流れて揺れている。ソファに腰を下ろす所作はどことなく威厳のようなものが滲み、痩せた外見を裏切るが、黒水晶の瞳はずいぶん穏やかだった。

「馬鹿言え、仮にも中佐を雑魚寝なんかさせられるわけないでしょうが。『雪華雪香』の警備は俺がやる。とにかく、治安の少しでも良いところの、ホテルでもアパートでも、なんでもいいから借り上げて……」

三人目。言い合う二人を交互にそっと窺っては、苦虫を噛み潰したような顔で喧々と言い募るリビーを心配そうな顔で見つめているのが、リオ。
この中では一番若く見える。紫色の瞳はカメラアイ。髪の毛は根元の赤茶から毛先へ向けて淡く色が抜けていて、質感も生身のものとは違う。サイボーグだ。

そして四人目。ひときわ高そうな背丈をできる限り縮めてソファに腰掛け、自分の以外の三人をにこにこ笑いながら見やっている青年は、モンテズマ。
エメラルドのような緑の瞳も緑の髪も、リオと同じく人工物めいた質感がある。彼はアンドロイドだった。一応、という但し書きはつくが。

「ここでは中佐も何もありませんよ。なにしろ《残像領域》にいるのは『ワジオン・ブラン』。どの書類にも、ライセンスにも、そう書いてある」

ユージンは『ワジオン・ブラン』と書かれたライセンスカードを、細長い指で弾いて見せた。この《残像領域》では何にも勝る身分証明であり、同時に、曰く付きの入手方法も山ほど噂される、怪しいカードだ。

「分かってますよ、でも、だからって……」
「一緒にいた方が何かと便利です。危機管理の面でも」
「……」

実のところ、ユージンから「ガレージを拠点とする」と命令されてしまえば、リビーは決して逆らわない。
ユージンは己の言葉の威力を嫌という程知っていて、その威力を悲しく思うからこそ『言い切る』ような言葉を使いたくなかった。特に、期せずして訪れることになったこの《残像領域》では。
しかし危機管理——つまり、身の安全に関しては、譲れない。
リビーの目が、軽く伏せられる。

「る、ルスキニア艦長に雑魚寝をさせられないというなら、このガレージはどうだろう？」

リオは少し意識をして明るい声を出した。思うところがないわけではないが、それでも、リビーとユージンにはいつも良好な関係でいて欲しかった。
リオが端末のパネルに触れ、目をつけていた物件をアクティブに表示する。
指し示されたデータをリビーが横目で確認し、ふー、と大きく溜息をついた。だいぶ前に吸い切ってしまった煙草が欲しいと言いたげな口元が、への字に歪む。

「高えよ」

リビーが想定している賃料を上回っているらしい。
確かに高い。しかし設備面は充実していて、セキュリティも希望に応じてアップできる。借りた側の施す改造も許可とある。
そして、広い。つまり……

「でもこれなら『雪華雪香』だけでなく『バーントイエロー』も置ける」

リオの言葉を聞いたモンテズマが満面の笑みで、ぱちん、と手を打った。

「四人で折半です！　いい案じゃないですか！！」

ユージンも目を細めて頷いている。
三対一。
分が悪いと察したリビーが、おもむろに両手をあげた。

　

ワジオンが『雪華雪香』を格納しているガレージ。
白髪で背の高い男と金髪で小柄な男が、何やら話し合いながら機体の調整をしているようだ。

僚機『バーントイエロー』とガレージを共有しており、それぞれの領域を簡単にパーテーションで区切って使用している。
そのため、僚機のパイロットであるアンドロイドの青年とオペレーターであるサイボーグの青年の姿も垣間見える。　

広めで明るく機能的な設え。それぞれの居住区画もある。