ENo.0085　萌え声の女

正体不明というのも楽ではない。

私はハイドラの操縦技術には自信がある。
それに乗っているときはちょっとやそっとのことでは死なないだろう。
それだけの戦場と修羅場をくぐってきたし、その経験が私の躰には染み付いている。
それが自信というものなのだろう。

ハイドラから降りた時の私はそうもいかない。
物質、粒子、電子、火炎、霊障、それらの弾が私の躰をかすめれば、それだけで私は存在は消えてしまう。
実に脆い存在だ。

この企業同士が覇権をかけて争っている中、
どこか一社に協力するとはそれ以外を敵に回すことになる。
恨みを買った覚えなぞ数えきれないほどあるし、今も買い続けている。生き残るとはそういうことだ。

特に私たちのような金払いの良いところに乗り換える存在は、
買い物かごにバーゲン品を投げ込むおばさま方のように、恨みという存在を買っている。

私が正体を隠しているのはそういう理由だ。
だが、全てを正体不明で通すわけにはいかない。
活躍する変わりに金を貰っているのだ。
戦場で私が活躍したという証拠を残さなければならない。

この特徴がありすぎる私の声は、それに実な最適なものだった。
さんざん仲間たちから笑われた声にも意外な使い道が生まれるものだ。

おかげさまで日常生活では地声で喋られなくなってしまったが。
お気に入りのらーめん店に行くにも、私は声を変える必要がある。
まあ、元々声はかえていたのだが、喋るたびに変な顔で見られたくないしな。

それでもだ、地声で喋ることが許されないというのは思ったよりもプレッシャーがあるものだ。
笑われるだけで済んだものが、今では自分の正体を知られること、それはつまり。死に近づく。
本当に、正体不明でいるのも楽ではないよ。