ENo.0117　ワジオン・ブラン

ポットを温め、汲みたて湧きたての湯を使い、きっちり時間を計って、茶葉を蒸らす。
美味しい紅茶をいれる鉄則だ。

ふさわしい刻が来たら、漉しながら注ぎ分け用のポットに移す。美しい赤。湯気とともに立ち上る香り。先日リビーが手に入れてくれた茶葉は、銘柄こそよくわからなかったが、香りも味もなかなかで、《残像領域》という未知の世界での緊張と疲れを癒す一助となっている。

「……まあ、疲れを癒してほしい内の、二人は、買い出しに行ってしまっているわけですが」

自然、口の端が緩む。ゆっくりしてこいと送り出したのは私だ。
しばらく帰ってこないだろうと踏んで、残っている『もう一人』のためにお茶会を開こうと思い立ったのは、先ほど。
このあいだ雪華とバーントイエローをボロボロにしてくれた憎い敵のデータの総浚いをしていて疲れたせいもある。手に入れた焼き菓子を湿気させてしまうのが惜しい気持ちも、少々。

居住区から足早にガレージへ向かう。
紅茶が冷めてしまうのはいただけない。

「モンテズマ君」

ドアをくぐり、ガレージ中央の大きな機体に向かって声をかける。
焼けたような黄色と多脚が印象的な、彼の、一つ目の体だ。

【はーい艦長、お呼びですか】

ガレージに備え付けられているスピーカーから流れるのは、もう馴染みの『声』。

「お茶を入れたのですが、あなたも一緒にどうですか？」
【あっ、もしかしてお茶会です？】

『声』が少し弾んだ。どこか幼さを感じるのは、私があんがい歳をとっているからか、それとも彼があんがい年若いと情報として知っているからか。

——いや、単に知っているというだけではなく、やはり、可愛い部分があるからだろうな。

自然、顔が緩む。

「ええ、少しですがクッキーも手に入りましたよ」
【わーいやったぁ！　ご一緒します！　少々お待ちを！】

そんなことを思われているとは知らない彼は、いっそ素直なほどの反応をした。
きっと彼は、すぐに二つ目の体で、私のところへやってくるだろう。
さて、お茶とお菓子と、あとは、何を話そうか。

——やはり、『怪我の功名』で『千載一遇の機会』だ。

時空の乱れに巻き込まれるという大きな事故にあっても、ただでは起きるつもりのない強かなアルブは、機嫌よく目を細めて笑った。

ワジオンが『雪華雪香』を格納しているガレージ。
白髪で背の高い男と金髪で小柄な男が、何やら話し合いながら機体の調整をしているようだ。

僚機『バーントイエロー』とガレージを共有しており、それぞれの領域を簡単にパーテーションで区切って使用している。
そのため、僚機のパイロットであるアンドロイドの青年とオペレーターであるサイボーグの青年の姿も垣間見える。　

広めで明るく機能的な設え。それぞれの居住区画もある。