ENo.0123　Rache

【破損したボイスレコーダーの一部】

『国へ帰る途中に通る森があるんだ。いつもはなんてない道で通り慣れてるのに、そん時は滅多にないぐらいの濃い霧につかまっちまった。』

【若い男の声だ。僅かに疲弊が混じっている。】

『いくら慣れてる道だからって、伸ばした腕の先すらも見えない森を通り抜けようとするのは自殺志願者だけだろうな。だからその場で野営の準備をしていたはずだったのに──、』

【溜息を飲み込んだような声に、小さく身じろぎをしたのだろう衣擦れ。】

『気づけば知らない国に居た。……ほんとうに、自分の目を疑ったよ。霧に呑まれて、いつの間にか俺はどこかの国に着いちまったようだ。この……機械も気付いたら俺の手の中だ。』

【がしがしと頭を搔く音。】

『本来は、記録できる類のものは俺には一切必要ないが……まあ、頭の中を整理する為に記録するってのもいいかもしれないな。――はは、なにしろこんなことは生まれて初めてのことだ』

『……この機械、ちょっとイカレちまってるみたいだが、何人かの記録は聞けた。元の持ち主の声じゃなかったみたいだが……、詳しい状況は置いといて、境遇はなんとなく俺と似てるようだな。』
『………。』
【溜息が漏れる。】
【それから誰かの名前を呟いた。】
【囁くように小さな声だった。たしかにそれは決意が滲んでいた。】
【祈るような沈黙。】

【は、と笑って息を吐く音。】
『まぁ、これも何かの縁だ。本当は早々に国へ帰りたかったが……、そもそもの俺の存在意義としちゃ……いろんな国を記録して、我が故郷に報告する。これだけだ。簡単だろ？今までだってそうやってきたんだからさ。ちょいと仕事が増えただけだ。』

『今回もなんとかなるさ。ま、この国はそう監視が厳しいわけでもなさそうだしな。のんびり隅々まで記憶させてもらおうか。』

『それじゃ、一旦切るぜ。』

【再生終了】

必要最低限の整備が出来そうなドックに、パイプ椅子がふたつあるだけの簡易的な休憩所。