ENo.0302　ヨシャファート

　老いることも悪いことばかりじゃない。
　年々、少しずつできることが減っていく。
　あちこちガタがきて、何をしていなくても痛み出す。
　眠ってもすぐ目が覚めてしまうくせに、いつでも疲れているような気がして、眠たくてしょうがない。
　目と耳が衰え。
　昔ほど速く歩けなくなり。
　頬っぺたが垂れ。
　ズボンからは下腹がはみ出す。
　そして嫌味ったらしい病が襲う――運がなければ。

　しかしそのおかげで、私は生身を拘りなく抛り捨てることができた。
　日に日に増えていった、あの数々の不自由のせいで。

　そうは言っても、あのくたびれ切った肉の塊に未練がないわけじゃない。
　私は手が恋しい。
　紙を捲る手。
　ペンを握る手。
　落ち着きなく自分の顔をうろつく手。
　私の知らないことを知っている手。
　きっと人によるだろう、私の場合、それは手だった。

　ほかのことについては、いまのところ言うことなし。
　本当さ。
　嘘じゃないよ。

　いまの身体はもとの老いぼれよりずっと洒落ている。
　受け取るストレスはどれもユニークなものだが……どこも痛まないところが気に入っている。
　もう太ることもない。
　疲れることもない。
　私はあのやかましい戦場をぶらついて、散々遊んで帰ってくる。

　霧に覆われた視界は冷たく、電磁波は刺すようにからいが、そんなことは問題じゃない。
　ウォーハイドラは楽しく愉快だ。
　いつだって。
　おもちゃ箱をひっくり返したみたいに。
　

「《彼女》が好きだったドラマの名前さ」