ENo.0308　霧中ネネ

「ではそのように。」

マテリアルベルト発動機の会議室で次のミッションについてのブリーフィングが行われた後のこと。
僚機のリョウゴと担当者が帰ったのを確認すると、ネネはひとりこそこそと、自分のハイドラがあるガレージへと向かった。
携帯端末を手に操縦棺のハッチを開けると携帯端末を操作し始めた。


「えーっと、ちゃんとみえるかな～」
携帯端末を持った左手を目いっぱい突き出し、にこっと満天の作り笑顔。
「んっ大丈夫っぽい？はーい、こんにちは、霧中ネネだよ～。今日は～LIVEで今乗ってるハイドラの～コックピットを紹介しちゃいたいと思いまーす！」
普段録画して編集を施した動画をアップロードしているネネは、時折こうしてMistubeのリアルタイム映像配信機能を使ったストリーミング配信を行っている。
今日はかねてから計画していたハイドラ内からの配信を行うため、虎視眈々とブリーフィングが終わるのを待っていた。（不審だった。）

もちろん、機密であふれるハイドラのコックピット内部をネットに流すなんて行為は規約上禁じられていたが、まあ少しぐらいいいでしょという完全な楽観で、それでもまずそうな部分はできるだけ映さないように気を付けながら配信を続けていく。
「普段こうやってぇー、んしょ…こんな格好でハイドラを運転するんですよ～、どう？かっこいい？ありがと～～」

コメントもほどほどに盛況。内心にまにまとしながら配信をこなしていく。
「キューティーコード」のコックピットは前かがみ式になっており、ショック吸収機構を抱え込むような構造となっている。限りあるスペースに効率的なスイッチ配置するための措置、だということだがどこまで本当なのかは知らない。端末を後方に設置して操縦桿を握って見せる。
「ちょっと恥ずかしいけど～、こんな感じになってまーす」

（少しはサービスしていかないと連中はすぐ離れるからなあ）

これ見よがしなバックショットのまましばらく配信を続ける。
「ほんとはダメだから詳しくは言えないんですけど～このスイッチをこう、こうして、こうすると……」
肝心なところは避けながら巧みにハイドラの紹介をしながら、端末のカメラに微笑んだり手を振ったり小さく表示されるコメントに答えたりする。
それにしても配信は楽しい。だんだんとあったまって気持ちよくなっていくネネは徐々に規約的に際どい質問にも答えるようになっていった。


「それでこの間なんかは～バンバン攻撃よけちゃって、ネネ、アセンブルの才能あるかも～なんておもっちゃったりなんかしたんですよね～。次ももっと活躍できるようにがんばっていきたいな～っておもってがんばってます～みんなも、応援してね～」

「何を応援するんだ？」

カメラに向かってにっこり笑って手を振っていた背後から、声をかけられ、そのままの顔とポーズで固まるネネ。
声の主はリョウゴ・サクラバ。ネネのバディがコックピットと同じ高さに設置されているタラップからこちらをのぞき込んでいた。
「あ、あらぁ～サクラバくん？何か忘れものかな～？」
「そんなところだ。」
とっさに端末を後ろ手に隠すとひきつった声で答えた。配信はまだつながっている。コメント欄では「彼氏？」「彼氏か？」「整備員じゃね」「失望しましたネネちゃんのファンやめます」等々の文字が躍る。
「ブリーフィング、集中できていなかったようだが、何か心配事でも？」
「んん～～？？そんなことないよぉ～」
配信がまだつながっているからキャラを崩すわけにはいかない。さっさと切ればいいものの予想外のトラブルに動揺しており、まして後ろ手ではうまくいかない。
「それならいいが、体調不良なら隠さずに伝えてほしい。君一人の体ではないからな」
もちろん僚機的な意味で。

「お、おま……あ、ありがと～ほんとに大丈夫だから、早く早急に可及的速やかにそっから離れてさっさとでてってくれないかな～～」
彼は配信のことは知らないから仕方ないかもしれないが、それにしたってもう少し言葉を考えてしゃべってくれないかな～～～ぶん殴りたいな～～～などと徐々にマスクが剥がれてきたネネ。
さっさと白状してしまったほうが楽になるのだが、この融通の利かない男に「外部に機密を漏らしかねない行動を取っていた」ことがバレたらどうなるかわかったものではない。
ここは耐えて穏便に、限りなく穏便に追い出して配信を終えるのだ。

「……本当に大丈夫か？顔が青いし汗もすごい。やはりどこか体調が。」
「だから大丈夫だっていって……るんですよ～うふふ、ネネもすぐ行くから、通用口で待っててください～お　ね　が　い　し　ま　す」

笑顔がひきつる。ピクピクと青筋をたてた笑顔の圧力。しかしこの男リョウゴ・サクラバにはそういう言外の念は通じないのだ。
「話し方も普段と違うし、どこか無理をしてるようにしか見えないな。立てないなら俺が医務室まで連れていこう、遠慮することはない。」

立ち去るどころか手を貸そうとするサクラバに対して業を煮やしたネネはついに端末を思いっきり彼に向けて投げ、当たらずタラップから落下した端末は物理的に配信を終了することとなったのだった。