ENo.0325　"Black Star"

【3周目】
≪HCS…警告します≫
≪敵性勢力を確認≫
　巨大なゲートが佇む。霧に覆われその全体像は確認しずらいが、ウォーハイドラが何機、いや、何十機も同時に入れるほどに巨大で重厚なゲートだ。その前には無数の防衛部隊。遺跡の防衛システムか？ あるいはゲート内部に侵入した勢力や他の企業どもの妨害？ だが何にしろやることは同じだ。破壊すれば良い。
≪HCS…警告します≫
≪デバステイター・センチネルを確認≫
　Black Sterのカメラアイが、門の前に佇む異形を確認した。なるほど、あれが例の敵か。
≪デストロイ・ザ・ドゥルガー≫
≪残像領域はわが手に≫
「世界を、救命するために」
≪わが手は黄金の担い手となり≫
≪収穫と戦魂を司る女神の代行者となり≫
≪わが手は南風の復讐者となり≫
　頭一つ抜けたAPを確認、そしてHCSに繋がったバイザーディスプレイが見たことのないシステムの起動を察知。ノイズが走る
≪失われた聖魔に差し伸べる手となる≫
≪HCSメインプログラム……修正完了≫
　強敵か。それでも、私のやることは変わらない。他の選択肢など無い
≪わが手の算術は崩壊せしゆえに≫
≪全ての不条理を活性させる手となる！！≫
　叩き潰す。そして私は笑っていた。懐かしい、爆音と銃弾の弾幕の光。そしてそこに強引に突っ込んでいくハイドラたち。火を噴きながら何機も道連れにするもの、無念に崩壊していくもの、ただ無言で敵を破壊していくもの……その中で、私は見上げた。肌を刺すような冷たい空気と霧に包まれた巨人を——

　巨人？




　簡素なベッドから立ち上がると、まず轟音が耳についた。例のあのラジオ放送だ。またか、付けた覚えは無いはずなのだが。そしてその音のせいか、私はさっきまで見ていた夢が曖昧模糊とした霧となって、よく思い出せなくなっていた。何か重大な、昔の私が見た記憶だったような気がしたのだが……
　私はその放送を垂れ流しているラジオのコンセントを引き抜いてゴミ箱に投げ捨てる。ガシャンと重い音がした。壊れたかもしれない。いや、勝手に電源が入っていたのだ、とっくに壊れている。時計は朝の9時、確かに窓の外が明るい。

　大きく裂け、カーテンとしてあまり役に立っていないボロ布を引く。そして目を瞬かせた。窓から覗くのは、ジャンクパーツの丘。そして森のように張り巡らされた鉄筋とコード、木の実のようにぶら下がるモニター群。ああ、そういえばセクション1を突破したため、拠点をサルガッソに移したのだったか。明るいと思ったのは無数のモニターと照明の光、あとは工業的な明かりと軍事的な発光のせいだろう。

　朝の支度もそこそこに、着替えてジャケットを羽織ると、私は仮住まいのガレージ付きアパート（元は母艦か何かだったらしい大型ビークルの残骸の再利用物）を出た。ガレージがある、ということ以外はゴミのような部屋だったが、これでも高級な方らしい。まあこれの10倍は高級な企業重役や一部のハイドラライダー向け住宅もあるらしいのだが。

　前回の戦果は非常に良かった。攻撃戦果と支援戦果は共に5%台と平均的だったが、防衛戦果が24.99％。狙った通り、いや狙った以上のものだった。とはいえ、それでも最後は撃墜されてしまった。そのせいで、私はハイドラライダー全体から見ても高給取りの部類だが、無駄遣いする余裕は無い。幸い、私の修理スキルはもはやハイドラ一機全てを直せるレベルにあり、修理代金はほとんど掛からなかったが……より強化するためにも、たった0.1cすらも無駄遣いできない。

　寝起きでうまく働かない頭の中を整理しながら、気分転換を兼ねて南区域のハイドラ向けパーツマーケットへ足を運ぶ。この街は、どこも騒音まみれだ。違いがあるとすれば、西部は重火砲の轟音と大小様々な兵器のたてる駆動音やら金属音やら。東部では銃弾の代わりに各企業の広告が引っ切り無しに飛び交い、北部では嬌声や勝者の歓声あるいは敗者の怒声。そして、南部はバイヤーの喧騒と無数のイザコザ、ガラの悪い連中の小競り合いだ。

　ここで無数に流れる品物は大きく分けて二つ。『霧笛の塔』公認の表マーケット。ここではかかった金額に基づいて決められたパーツが何個でも買える。もう一つは裏マーケット。まあ裏と言ってもサルガッソ自体が裏の塊みたいなもので、適当にふらつくだけですぐに見つかる。こちらは『霧笛の塔』は直接関与していない（というテイで、把握されている可能性はある）らしい。自己責任の四文字が必要なため、利用するのに少し躊躇うものもいるかもしれない。

　表マーケットからは次回に使うパーツ、主に追加装甲をいくつか購入し、裏マーケットでは特殊合金を買い漁っておく。本当なら攻撃に向いた部品を追加したかったところだが、前回の撃墜もある上、今回特に欲しいと思うような武器が無かった。残念だ、個人的には榴弾砲を運用したかったところだが。戦車型らしく狙撃砲を運用するという手もあるが、狙撃砲だけ積むというのも2回に1回はリロードを挟まなければならないので悪手だ。また、機動力の問題もある。少なくとも現在の機動、旋回速度では攻撃機会は少ない。とは言え、装甲を減らすわけにもいかないのが辛いところだが……

　それにしても、随分活気付いている。まあ、当然かもしれない。『霧笛の塔』がセクション1を突破したことにより、新たに400以上のハイドラが遺跡攻略に参入、そしてここサルガッソにいる事になるのだから。しかもその中には前戦争を生き抜いた実力者も多いという。確実に遺跡内部の勢力図は変わる。そして不可能と言われていたセクション5の突破すら、今回ばかりはどっちに転ぶか分からないらしい（そしてそれは、すでに北区域で賭けになっている）。

　そんな喧騒を尻目に、私は急ぎガレージに足を運ぶ。依頼したパーツが届くまでは時間がある。私は前回の傷が癒えていない”Black Ster”に向き直ると、工具箱からレンチを取り出す。拠点が変わってしまったため色々面倒だったが、信頼できる(かつての依頼で襲撃対象だったが、秘密裏に見逃して私の専属にした)業者を頼ってあらゆるパーツ、書面、そしてゴミ一つに到るまで全てをこちらに移行させておき、今までと同じように使えるようにした。穴だらけになった外装を交換するために取り外すと、ふと一枚の写真がヒラリと落ちた。

　そこには、色褪せた人々の集合写真。どこかの軍服を纏った私と、明らかに偉そうな上司のような男。

　これは……

整備ユニオン
ユニオン購入は最序盤のうちは素材+1
その後は基本経験値+1、様子を見てAP+10%

かつて残存領域に存在した兵器研究開発機関らしいが、正式名称は忘れ去られ、その標識も掠れてほとんど読み取れない。そのため、資料に残されたそれっぽい名前が当てられ、トレードマークも掠れたものをそのままコピーして使っている。当時の人員は全て撤退してしまったが、旧基地に残された試作品や資料は未だに多く残っている。少なくともしばらくの間は、ここの遺産が尽きることはないだろう