ENo.0201　水槽の脳髄

「……以上が運用一ヶ月を経ての報告となります。以前提出した簡易報告書もご参考に」
「一つ質問がある」
「なんでしょうか」
「報告書には『人格は一般人のそれ』とあったが、あれのどこが一般人なんだ」
「違いますか」
「君は研究所に染まりすぎて『一般的』の定義が少々狂っているんじゃないか、研究所にあんな性格の人材がいても扱いに困りそうだが」
「いえ。むしろこれまでにおいて、発生段階から管理されていた素材はその人格形成の過程で研究室と研究者しか知らないため、社会適応や対人能力に問題を抱えることが少なくありませんでした。このプロジェクトはその問題点の解消のために……」
「それで何が悪い。ライダーなんて戦場での連携能力さえあれば、直接対人能力もそう問われはしないだろう。むしろ『禁忌戦争』の頃は、連携能力さえ必要なく一機で生き延びるエースライダーもいたというじゃないか。
　むしろ個性の強い人格というものは他のライダーに――どんな事情を抱えているんだかも知らない傭兵にわざわざ関わろうとする。それは面倒の種にしかならんと思うがね」
「ハイドラライダー代替計画、あるいは傷病兵のライダー転用計画に基づくならばそうでしょう。
　ですがウォーハイドラという存在自体、もはや霧の存在するこの遺跡でしか運用不可能な兵器です。我々はもっと恒常的に使える兵器への転用が可能な技術を確立しなくてはならないと考えています」
「で、それがあの性格と何の関わりがあるのかね」
「彼のあの人格は、適切な外見モデルさえ用意できれば市井の人間に紛れ込めると思いませんか」
「というと」
「研究所で純粋培養された人格では、どうしても情緒や言語の発達に遅れが生じやすい。人同士が関わる際、最も気にするところに致命的な違和感が出るのです。
　いわば「そう」だと分かってしまう。他社の研究員等が見ればなおさらでしょう。
　ですが彼のあの人格や話し方だけでその育ちを理解できる人間はおそらく多くありません。
　おっしゃる通り、ハイドラライダーとしての代替、統制脳の機能としては不要ですが……
　もし彼がハイドラの運用権を剥奪されても用途を見つけることは難しくないでしょう。市民に紛れての情報収集者として」
「……そして、我が社の工作員として？」
「はい」
「なるほど。もしそうなった場合に使用する肉体の準備はどこまで進んでいる？」
「あれだけバイオ融合が進んでいれば、バイオ強化体の使用も視野に入ってきます。既存技術の並行展開を研究している段階です」
「では、そちらについての報告も順次頼む」
「了解しました」

生体脳使用ハイドラ『オーヴァルック』のサポート専門チームの待機所。
『オーヴァルック』帰投時は機体と生体脳の保全を行い、出撃時は戦果査定用の戦闘中継を見ながら手に汗握り、時には野次も飛ばす。