ENo.0120　Nightingale

「――くっ、熱っ……」

1機の『ヘッジホック』に執拗に追われ、2回、同じ箇所に――操縦棺付近に攻撃を受けた。
高電圧のエネルギーが霧を裂いて再び襲いくる。
初撃で削られた装甲を貫かれ、『Nightingale』は沈黙した。4度目の撃墜。

テストも含め、撃墜されなかった戦場はない。
しかしそれは予定通りのことで、実際の損害をコントロールできている自信はあった――これまでは。

衝撃で朦朧とした意識がだんだんと覚めていく。
敵機の気配は既になかった。味方もまた。
遠く続く戦闘音と地鳴り、鉄や布や肉が焼け焦げる匂い、自分の荒い息遣い。
取り残された薄闇の中で、自身の被害状況をひとつひとつ確認していく。

……最低限の思考力はある。苦しさはあるが呼吸も可能。全身が打ち身で悲鳴を上げている。
ダメージの中心は右半身――特に右腕、肩から指先までの感覚がなく、動かない。
パイロットスーツは破損、皮膚に熱傷、一部は炭化。このままでは次第に壊死していくかもしれない――

これだけの被害を受けた最大の要因は、棺と組み合わせたウィルスパーツをB型に変更したことだろう。
負担が軽いぶん脆いことは分かっていたし、その前提でシミュレートもした。
しかしそれは十分だっただろうか？　慢心があったとしか言いようがない。

辛うじて身を起こし、残った左手でHCSを操作すると、ひび割れたメインモニタに緑の光が流れ始める。
救援信号は自動で出されているし、『Nightingale』は回復機構を備えたハイドラだ。
戦闘の中心から離れた現在、自力で動かずともここで回収を待つ余裕はありそうに思えた。
それならば――やるべきことは二つ。
生きているレーダーを今なお続く闘争の場に向け、可能な限り情報を収集すること。
そしてもう一つ――わたしは半壊したコクピットに身を沈め、息を整えながら目を閉じた。


――人間の身体は37兆もの細胞でできているという。
そのひとつひとつが生きて活動し、集まって組織を作り、《わたし》が構築される。
傷ついた《わたし》を、失くした組織を、死んだ細胞を――《ナイチンゲール》の手は隅々まで伸び、その全てを修復する。
損なわれたものを補い、機能するように。欠けたものを複製し、同化するように。
それは癒しの奇跡ではなく、ウィルス《ナイチンゲール》による侵略だった。
そうして《わたし》は繰り返し蹂躙され、少しずつこの世から消えていく。

失われたものは還らない――時を戻さない限りは。


HCSの通知音に目を開く。白兎の回収部隊からの入電。
どのくらい時間がたったのだろう、外気の入り込んだ棺内の臭気は弱まり、戦場には静けさが戻っている。
鳴り続けるコールに応えるため、手袋のない右手をコンソールに伸ばした。