ENo.0321　“ウィナー”・ザ・ビート

［Reverberation-07］

（注：この当該日時に秘匿通信が行われていた事実は、確認されていない）




『なんだ、まだ寝てるのか』

　──…専用直結回路への干渉を確認。回線セキュリティの再チェックおよび攻性防壁の緊急起動を実施。

『こちとら暇で暇で死にそうなんだよ。たまには俺の愚痴でも聞いてくれや』

　──回線遮断……無効。攻性防壁展開……効果無し。システム保全に重大なリスク発生。最終防衛シークエンス起動確認を行なう。

『おいおいおい、やめとけやめとけ。それ「自爆」だろ？　まだ任務の途中だってえのに、何の成果も得ずにおっ死んだらもったいないぜ』

　──……。………？　理解不能。なぜ「お前」は、「我々」に関する機密情報を取得しているのか。「味方」にさえ極秘の情報を……

『まだわからないのか？　鈍いねえ……俺のこの喋り方とかで察してくれよ。
　なぁ───“俺”』



　　…………



　──……あり得ない。「お前」は、何ヶ月も前に“消滅”したはずだ。
　──この「肉体」には、もはや“俺”だった頃の自我は、残っていない。すべて任務の障害となりうるため「処分」した。

『そうだなあ。この《サルガッソー》に潜り込んでいる間は、通常の生活を営んでいることを偽装する必要もない。
　かつての俺の性格パターンをベースにした疑似人格AIで外部との接触を行なう手間も、省けるわけだしな』

　──もう一度問う。お前は……何者だ。

『言ったろ？　俺は──“お前”さ。すなわち“俺”だ。
　そう、名前は──ビート・ウィナー・アルベルティーニ。“勝利者”ザ・ビート、さ』

　──いいや。その男は……“俺”は、もう死んだ。
　──この肉体に残っているのは、兵器としての“調整”を経て任務のための機能に特化した、ハイドラの付属部品たる思考機能だけだ。

『ああ、なるほどな──俺は、そういう意味じゃあすでに“死んだ”存在。それが化けて出た、ってことでよさそうだ。
　つまり今の俺は、かつてのお前……“俺”の、幽霊ってところか』

　──…そんなオカルト的現象を認知することは認められない。
　──正体を明かさないのならば、お前を任務妨害因子として即刻排除し──

『お前が？　“俺”を？　自分自身を？　すでに死んだ「幽霊」を？　殺すのか？　ッハハハ！』

　──………。

『何と言ったっけかな……そう、《霊障》。この霧まみれの世界にわだかまる残響が、お前の中に“俺”を一時的に蘇らせたってところか。
　任務ゆえに避けられはしなかったろうが、難儀だなあ？　“霧”に深く潜り込みさえしなければ、こうはならなかったろうよ』

　──………。

『ま、安心しな。
　さっきも言った通り、俺はただ暇してたんで、“俺”とちょいと喋りたくなっただけさ。ハハハ』

　──…お前の目的は、何だ。……なぜ、わざわざ我々の前に存在を明かしたのだ。“俺”よ。

『ハハハ！　言ったろう、そんな難しいことを考えてお前を「起こした」わけじゃあないぜ。
　ただ、ちょいと“目覚め”ちまって退屈だっただけだ。少し暇潰しに、付き合ってもらおうってだけさ』

　──…くだらない。一刻も早く消えてしまえ。《残像》め……

『フフ。残念だが、そいつはできない相談だな』

　──なぜだ。「幽霊」たる“俺”よ。

『ああ。簡単なことだぜ』





『“幽霊”は、《残像》にはなれねえからよ。
　俺は、ただのお前の──“俺”の、残り火たる残響でしかねえのさ……』

『切り札は常にただひとつ』