ENo.0030　ガブリエラ・ストークス

　エンサイクロペディア・フラグメント。
　情報の濁流。
　天啓のように示された5基のレーダーは、霧に包まれた遺跡という不明の中で輝きを持ち、そして接続する。

　何に？　おそらく遺跡に。
　遺跡に残された古き知識の断片は、レーダー通じて取得され、変換され、そして電波に載せて発信される。インタープリタはレーダー以外のパーツだ。遺跡が孕んでいた神話を、レーダーが拾い、腕や、ブースターや、火炎放射器が断片として読み、そして再びレーダーを介して、再び読ませる。

　誰に？　ウォーハイドラに。
　それはハイドラライダーが読むものではない。ハイドラライダーが読むことによって理解し、吸収し、変革するようなことはない。ウォーハイドラはあるいは何かに突然目覚めたかのように、普段とは違う振る舞いをし始める。実質、それは暴走に近いように観測できた。聞けば、急激に行動するようになったウォーハイドラが想定以上の攻撃を放ち続けたせいで、弾薬費がかさんでオケラになったという例もあるという。神話断片。変革するのはウォーハイドラであり、我々ライダーはその恩恵を得るに過ぎなかった。

　我々ホルン・パラドックスとガブリエラ・ストークスもそうだ。数多の情報を吸い上げ、戦場でそれを鳴らすのはホルンだ。これまでのレーダーとはいくらか違った。レーダーによる敵機の位置情報は、それを読んで行使するハイドラライダーを要求したからだ。エンサイクロペディア・フラグメントが神話をウォーハイドラに読んで聞かせるように、索敵機は「幻を解き明かし、これから起こる未来を告げる」。 その言葉は風変わりな老人、Eno302のヨッシャーが言っていたことだった。ガブリエルという天使について。

　そうして、新たに獲得した（あるいは与えられた──誰によって？　この遺跡に、残像領域に）役割は、私にとってすんなりと馴染んだ。それは戦果と結びつきはせず、金にはならなかったが、莫大な効果をもたらした。Eno49ソネルの僚機として、まさにやるべきことだと感じられた。存在する上で、役割ほど居心地の良さを覚えるものはなかった。ハイドラライダーというあり方自体、求めなければありえないものだと、そう理解する。

　五年前に存在したガブリエラ・ストークスは、その役割というものをどう捉えていただろうか。どう応えていただろうか。

　アーカイブを掘り下げたところ、ガブリエラ・α=8・ストークスは、ある作戦に参加していることが明らかになった。禁忌戦争も終局に近く、資料を見ても何が起きているのかわからない。『再起動』がキーワードだったが、それが何を示しているかは、微塵も謎だった。とはいえ、その作戦において、α=8は役割を演じた。ガブリエラ・ストークスという語が出てくるのは、代表的に言及される『40週間』のうち、その後半が最も多かった。
　『40週間』のうち、中盤において、その名前はエンジンの名前だ。ガブリエラの遺体を使用してのエンジンという噂はどうやら事実らしく、『篠崎生体総合研究所』という団体が噛んでいるらしかった。奇しくもその名前は、次回のミッション参加者に見ることとなる。Eno54取り立てロボ。篠崎生研はパーツの作成を請け負っているらしいが料金未払いが横行しており、支払いに応じないハイドラライダーのもとに、『取り立てロボ』なる機械が寄せられるらしかった。
　この背景を踏まえると、ガブリエラ・ストークスは借金を型にパーツにされたように伺えるのだが、一方で、それが彼女に対する適切な弔い方だという言及もあった。そしてそのパーツはとても売れた。そうした扱われ方が弔いになるというのは、一体どういうことなのだろうか。そして弔われるというのなら、それはすなわち生きたということだった。ガブリエラ・ストークスは生きて、そして死してなおパーツとして役割を果たした。それが本人の望んだ役割かどうかはわからなかったが、こうして私のもとに情報として届くまでには、存在していたということになる。

　人の生には種類がある。
　そもそも生きるというのは、全く名を残さずとも、ただそこに存在していること、生活していること、食いつなぎ、生き延びていること──傭兵のソネルのように、あるいは野生の動物のように、生存していることはもちろん生きていることに違いなかった。
　一方で、こうして情報として残るということは、確かに生きていたという証左だった。それはつまり、結果だ。判断し、振る舞い、何かをしてきた。生きたことの結果が堆積し、私まで届いた。作られている。果たしてガブリエラ・ストークスが、実際どう生きていたのかはまだ私にはわからない。しかし、確かに生きていた。

　私という存在は、どういった結果によって生まれてきたのだろう。
　どのような堆積の影として、私は生きているのか。

　それはまだ、霧の中だ。