ENo.0318　ウィステリア

「ウィス…？」

後ろから聞こえた声に、思わず髪の毛が逆立ったのかと思うほどにビクリと身体が震えたのがわかった。
研究所の真っ白い廊下を歩いていたウィステリアは、手に持っていた膨れたハンカチをゆっくり振り返りながら…出来るだけバレないように、見えないように―ポケットへと押し込んだ。
声の主を確認するとえへへと笑う。

「こんにちあ、おねーさん！」

目の前には一人の女性…と、その足元に白いふっくらとした猫。
ウィステリアの挨拶にわずかに目を細めてから、こんにちは。と返事をする。

「ウィス、今日の課題が出てないよぉ。遊びに行くなら出してからにしてねぇ。」

『あそびにいこうとしていたの…バレている～～…。』

うーーーーん…と困ったような表情が出そうになるのを、ウィステリアは無理やり押し込めた。
代わりに口からは、あはは～と乾いた笑いが漏れる。


『おねーさんはするどい。しってるかぎり、このけんきゅうしょのだれよりも～。
いま、わたしがこまっていることだって、ポケットにかくしているおかしにだって、かだいができてないことだって…おねーさんはおみとおしなんだ。たぶん。』

答えあぐねていると、おねーさんの首が少し傾く。口元はニッコリと笑いながら。

「……はぁい。すぐやってだす～。」

無言の笑顔の圧力の前にウィステリアは屈した。

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真っ白い部屋の机の上に展開されるホログラムを眺めながら、小気味よいリズムを奏でていた入力端末を叩く音がタンっ！と大きい音の後に一旦止む。

「うぁ～～おわったぁ……。」

机に突っ伏しながら、そう叫ぶとピロンという電子音のあとに文字が浮かび上がる。
読めはしないが"そうしんかんりょう"と書いてあるらしい…前におねーさんがそう言ってたから。たぶんそう。

無機質で冷たい机に頬を擦り付けながら、何とはなしに部屋を眺める。
自分ひとりで使っている部屋。
ベッドとクローゼットと…細々とした物はあるものの、食堂は共有だし、ポットは危ないからだめだって言われて置いてないし………とにかく、広いのである。

コロン―。

ポケットからアメが転げ落ちた。
そうだ……このお菓子を一緒に食べようと思ってたんだ。

「…………サリィ。」

ウォーハイドラと一緒に一人で外で過ごしている子。
不思議な境遇なのだと思う…けれど、それは聞いちゃいけない気がして聞いていない。

『ひとりはあぶないから、けんきゅうしょにおいで！　っていったら、きてくれるかな？　おねーさんなら、いいよっていってくれるかな…。』
『いっしょだと、すごくたのしいとおもう…！　でも、いやだって…そんなこというこはキライっていわれちゃうかな。』
『わがままはいけないから……いやそうだったら、いわないでおこう。がまんしよう。きらわれるのはイヤ。』

アメを拾ってポケットにつっこむと、部屋をでる。


すこしおそくなったけれど、きょうはいっしょにおかしをたべるんだ！
きっとよろこんでくれるし、それはすごくたのしくてすてきなこと！

たのしみ、たのしみだなぁ！！


―…　そんな　すこしだけまえのはなし。　…―